鳥辺山心中(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
店出しの夜に出会った江戸侍
- 恋愛
- 歴史
- 文字数
- 22,001字
- 読了目安
- 約44分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
岡本綺堂が1915年(大正4年)に東京・本郷座で初演した同名の新歌舞伎と同じ、お染と菊地半九郎の悲恋を小説の形で語った作品。寛永三年、将軍家光の上洛に従って京へ来た江戸の若侍・半九郎と、祇園の遊女屋に売られて店出しの夜を迎えた十七歳のお染との出会いから物語は始まる。地唄「鳥辺山」などに唄われてきた二人の心中を、弱い者を見捨てられない江戸侍の気質と色町の哀れに焦点を当てて描く。戯曲は二代目市川左団次の当たり役として知られる新歌舞伎の名作で、小説も簡潔な語りの中に京の秋から初冬への季節の移ろいが美しい。底本は綺堂の情話を集めた『江戸情話集』。
あらすじ
寛永三年の秋、前将軍秀忠と将軍家光の上洛で、京の町は江戸の侍であふれていた。祇園の若松屋に売られた十七歳のお染は、店出しの夜、江戸侍の座敷が怖くて廊下で泣いていたところを、若侍の菊地半九郎に声をかけられる。半九郎は花代を払ってお染を帰らせ、翌晩からは揚げ詰めにして、ほかの客の座敷へ出さないようにする。お染は六条の米屋の娘で、家の没落から二百両で売られた身だった。半九郎の友で遊び好きの坂田市之助と、その弟で律義一方の源三郎も京に来ていたが、源三郎は兄を色町に誘う悪友として半九郎を嫌うようになる。将軍の帰府が迫り、別れを嘆くお染を不憫に思った半九郎は、家重代の刀を売って身請けし親許へ帰してやろうと市之助に相談するが、武士の面目にかかわると諫められて思いとどまる。出発を前にした夜、揚屋の花菱で市之助と飲んでいたところへ源三郎が兄を連れ戻しに踏み込み、止めに入ったお染を突き飛ばす。酔っていた半九郎は武士の面汚しと罵られて激し、鴨川の河原で果し合いの末に源三郎を斬ってしまう。市之助は弟の仇を討たず、逃げよと勧めるが、半九郎は切腹を決意し、一緒に死なせてほしいとすがるお染の心を受け入れる。二人はそっと花菱をぬけ出し、鳥辺山を死に場所と定めて去っていく。語り手は、後の世の唄が描いた二人の装いにはあえて触れずに物語を結ぶ。
登場人物
- 菊地半九郎 家光の上洛に従った江戸の若侍。短気だが情にもろく、お染を不憫に思って揚げ詰めにする
- お染 祇園の若松屋の遊女。十七歳で、六条の米屋の娘。内気で、店出しの夜に半九郎と出会う
- 坂田市之助 半九郎の友。遊び好きで、色町の遊びを一時の興と割り切っている
- 坂田源三郎 市之助の弟。十九歳の律義な若者で、兄の放埒と半九郎を苦々しく思う
- お花 市之助の馴染みの遊女。陽気で口が達者
- お雪 揚屋花菱の仲居。お染の身を気づかう
冒頭部(原文より)
一 裏の溝川で秋の蛙が枯れがれに鳴いているのを、お染は寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女は今夜が勤めの第一夜であった。店出しの宵――それは誰でも悲しい経験に相違なかったが、自体が内気な生まれつきで、世間というものをちっとも知らないお染は、取り分けて今夜が悲しかった。悲しいというよりも怖ろしかった。彼女はもう座敷にいたたまれなくなって、華やかな灯の影から廊下へ逃れて、裏手の低い欄干に身を投げかけながら、鳴き弱った蛙の声を半分は夢のように聴いていたのであった。 もう一つ、彼女の弱い魂をおびやかしたのは、今夜の客が江戸の侍ということであった。どなたも江戸のお侍さまじゃ、疎があってはならぬぞと、彼女は主人から注意されていた。それも彼女に取っては大きい不安のかたまりであった。
「鳥辺山心中」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
後の作者は二人が死にゆく姿をえがくが如くに形容して、お染に対しては「女肌には白無垢や上にむらさき藤の紋、中着緋紗綾に黒繻子の帯、年は十七初花の、雨にしおるる立姿」と唄った。半九郎に対しては、「男も肌は白小袖にて、黒き綸子に色浅黄うら」と説明した。 一種哀艶の調である。但しこれは少なくも六十余年の後、この唄の作者が住んでいた時代の姿で、この物語にあらわれている男と女との真実の姿ではない。 それでも私たちは「女肌には白無垢や」の唄に因って、二百余年来かもしなされて来た哀艶の気分をいつまでも打ち毀したくない。この物語に二人の服装を一度も説明しなかったのはこれが為である。
「鳥辺山心中」岡本綺堂(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。