鯉魚(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
鯉の生飯と苫船の姫
- 恋愛
- 歴史
- 文字数
- 5,796字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
岡本かの子の短編小説で、末尾に「昭和十年八月」の日付がある。舞台は京都嵐山、大堰川の渡月橋のたもとにある臨川寺。夢窓国師が中興した禅寺で、室町時代の末、食事のたびに淵の鯉へ生飯を投げ与える役を受け持つ十八歳の沙弥昭青年が、雨の日の渚で行き倒れた娘を見つける。応仁の乱後の戦乱で行き場を失った娘を、寺に知られぬよう匿うところから物語が動く。仏教の研究家でもあった作者が、禅の問答を物語の要に据えた歴史小説で、語りかけるような「です・ます」調で書かれている。
あらすじ
室町時代の末、京都嵐山の臨川寺。沙弥の昭青年は、淵の鯉に生飯を投げ与える役を受け持っていた。五月の雨の日、渚で行き倒れていた娘を助けると、丹波の細川下野守教春の一人娘早百合姫で、父の国元が危うくなり、家来に館の財を持ち逃げされて、一人で国へ帰ろうとしていたのだった。寺では女人を置けないため、昭青年は姫を川辺の苫船に匿い、鯉にやるはずの生飯を運ぶ。寺では、鯉が鐘の音に集まらなくなったと噂が立つ。夏、二人の間には恋が芽生え、ある暑い昼、姫にせがまれて川で水浴びをしているところを僧たちに見つかってしまう。住持の三要は、一緒にいたのはおなごではなく鯉魚ではなかったかと言い、大衆と昭青年に法戦をさせる。昭青年は何を問われても「鯉魚」と答え続けるうちに、一匹の鯉にも天地の理がこもっていると悟り、自在に答えて大衆を黙らせる。三要は、昭青年の悟りは長年生飯を施した鯉魚の功徳だと言って事件を収める。昭青年は落髪して鯉魚庵を開き、早百合姫は京の名高い白拍子となって庵の檀越となった。三要はそれからは自ら鯉に生飯を与え、鯉はまた鐘の音に集まるようになった。
登場人物
- 昭青年 臨川寺の沙弥。十八歳。淵の鯉に生飯を与える役を受け持つ
- 早百合姫 丹波の細川下野守教春の娘。十七歳。国元へ帰る途中で行き倒れる
- 三要 臨川寺の住持
冒頭部(原文より)
京都の嵐山の前を流れる大堰川には、雅びた渡月橋が架っています。その橋の東詰に臨川寺という寺があります。夢窓国師が中興の開山で、開山堂に国師の像が安置してあります。寺の前がすぐ大堰川の流で「梵鐘は清波を潜って翠巒に響く」という涼しい詩偈そのままの境域であります。 開山より何代目か経って、室町時代も末、この寺に三要という僧が住持をしていました。
「鯉魚」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
恋愛関係において一方が悟ってしまったら相手は誠に張合いの無いものとなります。悟るということは、生命の遍満性、流通性を体証したことで、一匹の鯉魚にも天地の全理が含まれるのを知ると同時に、恋愛のみが全人生でなく、そういう一部に分外に滞るべきでないとも知ることです。 そのうちに諭さなくとも早百合姫は、道に志ある身となって、しかし、これは逆に塵中へ引返し、舞いの天才を発揮して京町の名だたる白拍子となりました。さす手ひく手の妙、面白の振りの中に錆びた禅味がたゆとうとて珍重されたのは、鯉魚庵の有力な檀越となって始終、道味聴聞の結果でありました。 この後、住持三要は、間違いがあってはならぬというので、淵の鯉魚へ生飯を遣る役は老体ながら自分ですることにしました。そこで淵の鯉魚は、再び、斎の鐘を聴くと寺前の水面に集って待つようになりました。
「鯉魚」岡本かの子(青空文庫)
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