愛(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
逢うまでは、重苦しい人
- 恋愛
- 文字数
- 1,687字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ある男に会うたびに、重苦しさとうずくような高揚のあいだを行き来する女の心を、一人称で書きとめた掌篇。わずか千七百字ほどのなかに、会わずにいるときの平らかな日常と、会うと決まったときの落ち着かなさ、そして会っている最中の異様な満ち足りようが、細やかな比喩を重ねて置かれている。岡本かの子らしい官能と生命感が濃縮された一篇。
あらすじ
その人にまた逢うまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人だ、もう滅多に逢うまい——そう思えばさばさばして、普通の月日に戻る。三時のお茶うけが待ち遠しく、針孔に糸はたやすく通り、畳ざわりが素足に心地よく、黄菊を買ってきて活けもする。ところが、またその人に逢うときには、何だか予感のようなものがある。ふと、これだけの月日、これだけの自分では、という不満が芽ばえて馬鹿馬鹿しい気持になりかけ、その気持をまた打ち消す。闇の夜空のネオンが「赤の小粒」と出たり「仁丹」と出たりするように、胸のうちがせわしなく明滅する。出がけにはうんざりしているのに、逢ってしまえば何もかもが変わる。語り手のなかには逞ましい力がみなぎり、明るく強い匂いの立ちのぼる野を、どこへでも好き放題に流れてゆけそうになる。嫁入り苦労も老い先も、もう考えのうちにない。いま男の誰かが自分に触れたら、じりりと焼け失せて灰になるだろう——それほどの高まりのなかで、その人は変わらず静かに楽器を奏でている。そしてその奇蹟のような存在の人が、世間では母のお得意さまであり、製菓会社の下級社員として毎日ビスケットを市中に配って歩いているのだと知れたとき、語り手はどうにも合点がゆかないのだった。
登場人物
- 私 その人に逢うたびに心を揺らされる女
- その人 製菓会社の下級社員。私の母の仕立ものの得意先でもある
冒頭部(原文より)
その人にまた逢ふまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢ふまいと思ひます。さう思へばさば/\して別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらゐ待兼ねて頂きます。人間の寿命に相応はしい、嫁入り、子育て、老先の段取りなぞ地道に考へてもそれを別に年寄り染みた老け込みやうとは自分でも覚えません。縫針の針孔に糸はたやすく通ります。畳ざはりが素足の裏にさら/\と気持よく触れます。黄菊などを買つて来て花器に活けます。 その人にまた逢ふときには、何だか予感といふやうなものがございます。ふと、たゞこれだけの月日、たゞこれだけの自分ではといふやうな不満が覚えられて莫迦々々しい気持になりかけます。
「愛」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
いま男の誰でもが私に触つたら、ぢりゝと焼け失せて灰になりませう。そのことを誰でも男たちに知らせたいです。だのにその人は、もとの儘、しづかに楽器を奏でてゐます。ただ今度の私は、大仏の中に入つた見物人のやうに、その人を内側から眺めるだけです。楽器の音が初めて高く聞えます。それは水の瀬々らぎのやうな楽しい音です。私はそこからまた再びもとの自分に戻るのには、また一苦労です。海山の寂しさを越えねばなりません。 しかし私に取つてかういふ奇蹟的な存在の人が、世間では私の母の廉い仕立ものゝお得意さまであつて、現在、製菓会社の下級社員で、毎日ビスケツトを市中に届けて歩き、月給金○○円の方であるとは、どうにも合点がゆきませんです。
「愛」岡本かの子(青空文庫)
原文を読む
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