三浦右衛門の最後(菊池寛)のあらすじ・登場人物
命は惜しゅうござる
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 6,999字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 静岡県
この作品について
今川氏真の寵を一身に集めた美しい小姓・三浦右衛門が、主家の滅亡とともに落ちのび、百姓に身ぐるみを剥がれ、頼った城将に裏切られて命を落とすまでを描く。手を切られ足を切られてもなお「命ばかりは助けて下され」と言い続ける右衛門の姿は、死を潔しとした戦国の武士たちに嘲笑されるが、作者はそこに「ここにも一人の人間がいる」という発見を見る。武士道の価値をまるごと裏返してみせた、菊池寛の初期歴史小説の代表作。
あらすじ
天正の末年、織田勢に攻められて今川の府中が落ちた日、十七の小姓・三浦右衛門は主君を捨てて馬を乗り捨て、高天神の城をめざして落ちのびていた。道を尋ねた村の子供たちと揉みあいになり、口惜しまぎれに名乗ったことから、今川家を傾けた寵臣と知れてしまう。落人狩りを専門にする弥惣次たちに取り囲まれ、黄金作りの太刀ごと身ぐるみを剥がれたうえ、命が惜しいと言え、頭の下げようが足りないと嬲られ、右衛門は土につくほど頭を下げて、褌ひとつで解き放たれた。二日後、人質時代に恩を売った城将・天野刑部を頼って高天神に着く。刑部はひとまず歓待するが、氏真の自刃と右衛門の逐電を知ると、その首を織田へ差し出して二心のないことを示そうと考える。縛られた右衛門は、不忠不義の罰だと申し渡されても、ただ声をあげて泣き、手を突いて命乞いをした。刑部は嘲弄しながら、命の代わりに腕を一本、次いで両手を、さらに右足をと要求し、右衛門はそのたびに頷いて切らせる。血のなかに据えられてなお口をもぐもぐさせる右衛門の首が、最後に刎ねられた。語り手は、勇士や豪傑ばかりが並ぶ戦国の記録のなかに、ここにも一人の人間がいたのだと書きとめる。
登場人物
- 三浦右衛門 今川氏真の寵を受けた十七の小姓。どこまでも命を惜しむ
- 弥惣次 落人狩りを専門にする村の男
- 天野刑部 高天神の城将。右衛門を歓待したのち、織田への忠節のために殺そうとする
冒頭部(原文より)
駿河の府中から遠からぬ田舎である。天正の末年で酷い盛夏の一日であった。もう十日も前から同じような日ばかりが続いていた。その炎天の下を、ここから四、五町ばかり彼方にある街道を朝から、織田勢が幾人も幾人も続いて通る。みんな盛んに汗をかいている。その汗にほこりが付いて黒い顔がさらに黒ずんで見える。しかしこう物騒な世の中ではあるが、田の中にいて雑草を抜いたり、水車を踏んだりしている百姓は割合に落ち着いている。一つは見渡す限り略奪にあいそうな農作物は一つもないからである。どんなに織田勢が意地が汚くっても、まだ花が咲いているばかりの稲を刈り取りはしまいという安心があるのと、二つには戦さわぎに馴れきって、英国の商人たちのように business as usual と悟りすましていたのであった。
「三浦右衛門の最後」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
「右衛門、それでも命が助かりたいか」と刑部がいった。しかしもう右衛門には聞えなかったらしい。太刀取りは右衛門の耳に口を寄せて、 「命が惜しいか」といった。右衛門は口をもぐもぐさせた。その時、刑部は「それ」と目配せをした。太刀取りは四度太刀を振り直して、えいと首を刎ねた。首は砂の上を二、三尺ころころと転げて、止まった所で口をもぐもぐさせた。肺臓と離れていなかったら、きっと「命が惜しゅうござる」といったに違いない。 戦国時代の文献を読むと、攻城野戦英雄雲のごとく、十八貫の鉄の棒を苧殻のごとく振り回す勇士や、敵将の首を引き抜く豪傑はたくさんいるが、人間らしい人間を常に miss していた。自分は、浅井了意の犬張子を読んで三浦右衛門の最後を知った時、初めて“There is also a man.”の感に堪えなかった。
「三浦右衛門の最後」菊池寛(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
同じ作家の作品
- 蘭学事始
- アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ
- アラビヤンナイト アリ・ババと四十人のどろぼう
- アラビヤンナイト 船乗シンドバッド
- 屋上の狂人 1916年(大正5年)
- 身投げ救助業 1916年(大正5年)9月