アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ(菊池寛)のあらすじ・登場人物
こすれば現れるランプのおばけ
- 幻想
- 冒険
- 翻訳
- 文字数
- 17,759字
- 読了目安
- 約36分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
菊池寛が子ども向けにまとめた『アラビヤンナイト』(千夜一夜物語)の第一話。中東に伝わる説話集の物語のなかでも、もっとも広く親しまれてきた「アラジンと魔法のランプ」を、やさしい語り口で書き直している。舞台は「しな」の都。仕立屋の息子で怠け者のアラジンの前に、伯父だと名のる男が現れ、山あいの谷の地下へランプを取りに行かせる。こするたびに現れる指輪とランプの「おばけ」、宝石の実る果物畑、一夜で建つ宝石の御殿といった場面を、「です・ます」体の平明な文章で次々に繰り広げ、読み聞かせにも向く一編となっている。
あらすじ
昔、しなの都に、仕立屋ムスタフの一人息子で、怠け者のアラジンがいた。父が心配のあまり亡くなったあと、アラジンの前に、伯父だと名のる背の高い老人が現れる。実はアフリカのまほう使だった老人は、アラジンを山あいの谷へ連れ出し、魔法で開いた地下の洞穴へ下りて、奥にともるランプを取ってくるよう命じた。お守りに指輪をもらったアラジンは、宝石の実る果物畑を通ってランプを手に入れるが、地上へ出る前にランプを渡せと迫る老人を拒み、地下に閉じこめられてしまう。泣き暮らすうち、手を握り合わせて指輪をこすると、指輪の家来のおばけが現れて家へ帰してくれた。母がランプを磨くと、今度はランプの家来の大きなおばけが現れ、何でも望みをかなえてくれる。豊かになったアラジンは王の姫に恋をし、宝石の果物を献上して結婚を願う。大臣の策略で姫は大臣の息子と婚礼をあげかけるが、アラジンはおばけの力で二人の床を引き裂き、王の出した難題もかなえて、一夜で宝石の御殿を建て、姫を妻に迎えた。ところがまほう使は、「新しいランプを古いランプと取り替えます」と町を売り歩き、事情を知らない姫から魔法のランプを手に入れて、御殿ごと姫をアフリカへ運び去る。命を懸けて姫を捜すアラジンは指輪のおばけに運ばれてアフリカへ渡り、姫と力を合わせて老人に眠り薬を飲ませ、ランプを取り戻した。さらに、尼さんに化けて復讐に来たまほう使の弟の企みも、ランプのおばけの警告で見破って退ける。アラジンと姫は幸せに暮らし、やがて王と王妃となって国をよく治めた。
登場人物
- アラジン しなの都に住む仕立屋の息子。怠け者だったが、魔法のランプを手に入れる
- まほう使 アフリカから来た悪者。アラジンの伯父だと偽ってランプを手に入れようとする
- アラジンの母 糸をつむいで暮らす。王に姫との結婚を願い出る
- お姫さま 王のひとり娘。アラジンの妻となる
- 王さま しなの国の王。宝石の贈り物に感心してアラジンに姫を与える
- 指輪とランプのおばけ 指輪やランプをこすると現れ、持ち主の命令に従う家来
冒頭部(原文より)
昔、しなの都に、ムスタフという貧乏な仕立屋が住んでいました。このムスタフには、おかみさんと、アラジンと呼ぶたった一人の息子とがありました。 この仕立屋は大へん心がけのよい人で、一生けんめいに働きました。けれども、悲しいことには、息子が大のなまけ者で、年が年じゅう、町へ行って、なまけ者の子供たちと遊びくらしていました。何か仕事をおぼえなければならない年頃になっても、そんなことはまっぴらだと言ってはねつけますので、ほんとうにこの子のことをどうしたらいいのか、両親もとほうにくれているありさまでした。
「アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
こんなにして、アラジンは二人の悪いまほう使の悪だくみからのがれました。そして、もうこの世の中には、だれもアラジンの仕合せのじゃまをする者はなくなりました。 アラジンとお姫さまは、長い間たのしくくらしました。そして、王さまがおかくれになった時、二人はとうとう、王さまとおきさきさまになりました。そして国をよくおさめました。いつまでもいつまでもその国はさかえたということであります。
「アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ」菊池寛(青空文庫)
名文
昔、しなの都に、ムスタフという貧乏な仕立屋が住んでいました。このムスタフには、おかみさんと、アラジンと呼ぶたった一人の息子とがありました。
菊池寛が子ども向けに再話した『アラビアン・ナイト』のアラジンの書き出し。のらくら者の少年が、やがてふしぎなランプに出会うまでの物語。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
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