忠義(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
家と主のはざまの忠義
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 13,172字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
芥川龍之介の初期の歴史小説。延享4年(1747年)に江戸城中で旗本の板倉修理が肥後熊本藩主・細川宗教を斬った事件を題材とする。物語は「前島林右衛門」「田中宇左衛門」「刃傷」の三章からなり、神経衰弱の当主をめぐって、「家」を重んじる家老と「主」に親しむ家老という、二人の対照的な忠義を描く。結びには、刃傷が人違いだったとする当時の説も添えられる。大正6年に発表。
あらすじ
旗本・板倉修理は病後の神経衰弱で逆上しやすく、家臣は登城での不始末を恐れる。本家から付けられた家老の前島林右衛門は、板倉家七千石を守るため、修理を押込め隠居にして一族から養子を迎えようと密かに企てる。それが修理の耳に入り、修理は林右衛門を縛り首にせよと命じ、林右衛門は妻子家来を連れて屋敷を立ち退く。後任の家老、乳人の田中宇左衛門は、修理に親しんでいるぶん「主」を重んじる。若年寄の板倉佐渡守から外出無用を言い渡された後、修理に涙ながらに頼まれて、一命に代えて登城を許してしまう。延享4年8月15日、修理は殿中で細川越中守宗教を斬り殺す。修理は切腹を命じられ、宇左衛門は縛り首に処される。後日談には、佐渡守を狙った人違いだったという世間の定評と、それを嫌う佐渡守の言葉が置かれる。
登場人物
- 板倉修理 神経衰弱を病む旗本。刃傷事件を起こす
- 前島林右衛門 本家から付けられた家老。「家」のために修理の隠居を図る
- 田中宇左衛門 修理の乳人で、のちの家老
- 板倉佐渡守 若年寄で、板倉家の一族
- 細川越中守宗教 熊本藩主。殿中で斬られる
冒頭部(原文より)
一 前島林右衛門 板倉修理は、病後の疲労が稍恢復すると同時に、はげしい神経衰弱に襲われた。―― 肩がはる。頭痛がする。日頃好んでする書見にさえ、身がはいらない。廊下を通る人の足音とか、家中の者の話声とかが聞えただけで、すぐ注意が擾されてしまう。それがだんだん嵩じて来ると、今度は極些細な刺戟からも、絶えず神経を虐まれるような姿になった。 第一、莨盆の蒔絵などが、黒地に金の唐草を這わせていると、その細い蔓や葉がどうも気になって仕方がない。そのほか象牙の箸とか、青銅の火箸とか云う先の尖った物を見ても、やはり不安になって来る。しまいには、畳の縁の交叉した角や、天井の四隅までが、丁度刃物を見つめている時のような切ない神経の緊張を、感じさせるようになった。
「忠義」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
修理の刃傷は、恐らく過失であろう。細川家の九曜の星と、板倉家の九曜の巴と衣類の紋所が似ているために、修理は、佐渡守を刺そうとして、誤って越中守を害したのである。以前、毛利主水正を、水野隼人正が斬ったのも、やはりこの人違いであった。殊に、手水所のような、うす暗い所では、こう云う間違いも、起りやすい。――これが当時の定評であった。 が、板倉佐渡守だけは、この定評をよろこばない。彼は、この話が出ると、いつも苦々しげに、こう云った。 「佐渡は、修理に刃傷されるような覚えは、毛頭ない。まして、あの乱心者のした事じゃ。大方、何と云う事もなく、肥後侯を斬ったのであろう。人違などとは、迷惑至極な臆測じゃ。その証拠には、大目付の前へ出ても、修理は、時鳥がどうやら云うていたそうではないか。されば、時鳥じゃと思って、斬ったのかも知れぬ。」
「忠義」芥川龍之介(青空文庫)
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