平家蟹(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
壇の浦に残った官女の執念
- 歴史
- 怪奇
- 文字数
- 13,347字
- 読了目安
- 約27分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 山口県
この作品について
岡本綺堂の二場の戯曲。巻末の記載によれば1911年(明治44)9月に書かれ、翌1912年4月に大阪の浪花座で初演された。平家が滅びた壇の浦の海辺には、甲羅に怒った人の顔が浮かぶ蟹が寄るようになり、人々はそれを平家蟹と呼んだ――という言い伝えを題材にしている。寿永四年五月、落ちぶれた平家の官女たちは浜辺で藻屑を拾い、旅人に色を売って命をつないでいる。屋島で扇の的を掲げた官女玉虫は、妹の玉琴と苫屋に住み、なお源氏への恨みを捨てきれずにいる。そこへ出家した平家の侍が通りかかる。蟹と鬼火の伝承を背景に、滅んだ一門の恨みを抱えて生きる女を描く怪奇色の濃い一編。
あらすじ
寿永四年五月、壇の浦の浜。平家の滅亡から二月、出家して雨月と名のる弥平兵衛宗清は、子どもたちが捕らえた平家蟹を放させ、海に向かって一門を回向する。そこへ官女の玉虫が現れ、甥の景清が源氏を討つため鎌倉へ下ったと聞いて喜び、自分も源氏を呪っていると言い放つ。苫屋に戻った玉虫は、妹の玉琴がひそかに色を売り、しかも那須与一の弟与五郎と深い仲になっていると知って、縁を切ると言い渡す。夜、玉虫は平家蟹を一門の公達の名で呼び、源氏を末代まで呪い殺すと語りかける。与五郎は玉琴を連れて現れ、本国の那須へ帰るので姉も一緒に来てほしいと頼む。玉虫は二人を許すと言い、祭壇の神酒で三三九度をさせて舞いはじめる。神酒は平家蟹の肉を浸した呪いの酒で、二人は苦しみ出す。玉虫は、屋島で自分が掲げた扇を与一に射落とされた恨みを明かし、呪いの験を試したのだと笑う。与五郎は玉琴を刺して自らも腹を切る。様子をうかがっていた雨月は、魔道に落ちた玉虫を救うことはできないと言って去る。玉虫は蟹に導かれるように、平家の人々の幻と言葉を交わし、松明を奪って雨の浜へさまよい出ていく。
登場人物
- 玉虫 平家の官女。屋島の戦いで扇の的を掲げた
- 玉琴 玉虫の妹。浜で色を売って暮らしを立てる
- 那須与五郎宗春 那須与一宗隆の弟。玉琴と深い仲になる
- 雨月 出家した平家の侍、弥平兵衛宗清。景清の叔父
- おしお 浜の女房。玉虫姉妹の世話をする
- 弥藤二 那須の家来
冒頭部(原文より)
呉羽 のう、綾の局。これほど拾いあつめたら、あす一日の糧に不足はござるまい。もうそろそろと戻りましょうか。 綾の局 この長の日を立ち暮して、おたがいに苛うくたびれました。 呉羽 今更いうも愚痴なれど、ありし雲井のむかしには、夢にも知らなんだ賤の手業に、命をつなぐ今の身の上。浅ましいとも悲しいとも、云おうようはござらぬのう。 綾の局 まだうら若い上たちは、泣顔かくす化粧して、ゆききの人になさけを売り、とにもかくにも日を送れど、盛りを過ぎし我々は見かえる人もあらばこそ、唯おめおめと暮しては、飢えて死なねばなりませぬ。 呉羽 せめて一日でも生きたいと、こうして働いてはいるものの、これがいつまで続こうやら……。(嘆息しつつ空を仰ぐ。)おお、こんなことを云うているひまに、やがて日も暮れまする。
「平家蟹」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
玉虫 おお、蟹……。わらわを案内してたもるか。して、どこへ……。海へゆくのか。よい、よい。(蟹は消ゆ。浪の音いよいよ高し。) 玉虫 や、蟹はいつの間にか……。(あたりを見廻して。)おお、新中納言どの……。能登守どの……。また見えられたか。いざ御一緒に……わらわも海へまいりまする。おおそうじゃ。浪の底にも都はある。わらわも役目を果たしたれば、これからはお宮仕え。さあ、お供いたしまする。 (眼にもみえぬ人に物いう如く、玉虫はひとり語りつつ庭に降り立ち、表のかたへ迷い出でんとする時、向うより那須の家来弥藤二は松明を持ちて再びいず。) 弥藤二 若殿……。お迎い……。 (云いつつ門をあけんとして、出逢いがしらに玉虫に突きあたる。玉虫は物をも云わず、その松明をうばい取る。弥藤二おどろきて支えんとするを、玉虫は無言にて突き退け、片手に松明をふりかざして、緋の袴を長くひきつつ、足もしどろに迷いゆく。弥藤二は呆れてあとを見送る。浪の音、雨の音。)――幕――
「平家蟹」岡本綺堂(青空文庫)
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