浅茅生(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
窓越しの女の昔語り
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 17,083字
- 読了目安
- 約34分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1912年(大正元年)10月、雑誌「地球」に発表された怪異譚。隅田川を望む町の二階に住む浮世絵師が、暑い夜、空き家の窓辺に現れた見知らぬ女と屋根越しに言葉を交わす。女の頼みは、自分が今夜ここにいたことを誰にも言わないでほしい、というものだった。鉦叩きの声と薬売りの坊主をめぐる、女の身の上話が不気味さを増していく。
あらすじ
彼岸近い蒸し暑い夜、二階住まいの浮世絵師・唯吉が肱掛窓から屋根越しに隣を眺めると、空き家のはずの二階の窓に、浴衣姿の美しい女が涼んでいた。女は「お頼みがある」と言い、自分が今夜ここにいたことを、とくに差配には内証にしてほしいと頼む。去年、裏の数寄屋造りの家には妾らしい美人が住んでいた。その人が身重のまま庭に出た夜、簪を落として産気づき、赤子は死んで生まれ、病院へ運ばれたと聞いている。目の前の女こそその人であった。女は、鉦叩きの虫の名が怖いのだと言い、そのわけを語る。産気づいたころ、卍を描いた提灯を持つ肥った坊主が門に立って鉦を叩き、買わなければ後悔すると薬を売りつけていった。病院へ運ばれる途中も提灯は先に立ち、運び込まれる裏門では坊主が不吉な言葉を吐いた。病室では、見知らぬ年配の女が寝台のそばに五日間座り、「お前は渋太い」と言い捨てて消えると、女は持ち直し、隣室の婦人が亡くなった。数日後、別の部屋で産んだ若い婦人が急に容体を崩して死ぬと、壁の上からあの女が黒い大きな手に支えられて降りてきて、「お前、どうしても又来たよ」と枕もとに座った。その黒い手が自分の喉を、と女が言いかけたとき、団扇が瓦を滑り落ち、黒い手が女の腕を掴み、唯吉は突っ伏す。
登場人物
- 唯吉 二階住まいの浮世絵師。暑さに寝つけず窓辺に出る
- 女 空き家の窓辺に現れた櫛巻の美人。去年の夏、裏の数寄屋風の家に住んでいた
- お媼さん 唯吉の世話をする婆や。隣の噂に詳しい
冒頭部(原文より)
鐘の聲も響いて來ぬ、風のひつそりした夜ながら、時刻も丁ど丑滿と云ふのである。……此の月から、桂の葉がこぼれ/\、石を伐るやうな斧が入つて、もつと虧け、もつと虧けると、やがて二十六夜の月に成らう、……二十日ばかりの月を、暑さに一枚しめ殘した表二階の雨戸の隙間から覗くと、大空ばかりは雲が走つて、白々と、音のない波かと寄せて、通りを一ツ隔てた、向うの邸の板塀越に、裏葉の飜つて早や秋の見ゆる、櫻の樹の梢を、ぱつと照らして、薄明るく掛るか、と思へば、颯と墨のやうに曇つて、月の面を遮るや否や、むら/\と亂れて走る…… ト火入れに燻べた、一把三錢がお定りの、あの、萌黄色の蚊遣香の細い煙は、脈々として、そして、空行く雲とは反對の方へ靡く。
「浅茅生」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
はツと思つたのは、凄じい音で、はた、と落した團扇が、カラ/\と鳴つて、廂屋根の瓦を辷つて、草の中へ落ちたのである。「あれ、」 と云ふ、哀しい聲に、驚いて顏を上げると、呀、影の如く、黒い手が、犇と背後抱きに、其の左右の腕を掴み挫ぐ。此に、よれ/\と身を絞つた、美人の眞白な指が、胸を壓へて、ぶる/\と震へたのである。 唯吉は一堪りもなく眞俯ぶせに突俯した。…… 夜は蟲の音に更け渡る。
「浅茅生」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。