遠野物語(柳田国男)のあらすじ・登場人物
座敷童子も河童も棲む遠野郷
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 38,772字
- 読了目安
- 約1時間18分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 岩手県
この作品について
1910年(明治43年)に刊行された柳田国男の伝承集。岩手県遠野出身の佐々木喜善が語った郷里の話を、119の短い章にまとめた。本文では喜善を筆名の佐々木鏡石と呼んでいる。山男や河童、座敷童子の話とともに、猟師の体験、家々の言い伝え、祭りや土地の名の由来などが記される。登場する村や家、人の名が具体的で、不思議な出来事も人々の暮らす土地の記憶として語られる点が特徴だ。柳田自身も刊行前年に遠野を訪れ、その風景や祭りの印象を序文に綴った。簡潔な文語の文章には、聞いた話を伝える調子と、山村を訪ねた旅人の感覚とが共存している。日本民俗学の出発点となった著作の一つであり、文学的な文章としても読まれてきた。後年に増補された『遠野物語拾遺』とは区別される、最初の119話である。
あらすじ
遠野郷の地勢と風土を描く序文に続き、山の神・家の神・河童・座敷童子・天狗・山男山女など、遠野に伝わる百十九の話が番号を付して並べられる。糠前の長者の娘が神隠しに遭い山男の妻となっていたという話、オシラサマにまつわる馬と娘の悲恋譚、家にいる間は栄えるが、去ると没落するというザシキワラシの言い伝え、河童が馬を川に引き込もうとして捕えられる話など、怪異と日常が地続きになった山村の世界が、佐々木鏡石から聞いた話を記した形で綴られる。最後の第百十九話には遠野郷の獅子踊の歌が古い筆写から記され、失われゆく山村の信仰と語りの記憶を今に伝えている。
冒頭部(原文より)
この書を外国に在る人々に呈す この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおり訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。
「遠野物語」柳田国男(青空文庫)
末尾部(原文より)
一 此紙を如何な紙と思し召す、はりまだんぜかかしま紙か、おりめにそたひ遊はし ○播磨檀紙にや。 一 あふぎのお所いぢくなり、あふぎの御所三内の宮、内てすめるはかなめなり、おりめにそたかさなる ○いぢくなりはいずこなるなり。三内の字不明。仮にかくよめり。
「遠野物語」柳田国男(青空文庫)
名文
国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
序文の結び。山人や神々の話を知らぬ都市の人間へ突きつけた宣言で、日本民俗学の出発点を告げる一句として知られる。
この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおり訪ね来たりこの話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。
序文の書き出し。遠野出身の佐々木喜善(鏡石)の語りを、一字一句も加減せずに書き留めたと記して、民間伝承を記録する姿勢を宣言している。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。