こども風土記(柳田国男)のあらすじ・登場人物
子どもの遊びに残る古い日本
- 文字数
- 44,346字
- 読了目安
- 約1時間29分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
民俗学者の柳田國男が、1941年(昭和16年)4月から5月にかけて「朝日新聞」に連載した子どもの遊びをめぐる随筆。子どもと母親がともに読めるものを、という新聞社の企画に応えて書かれ、連載に寄せられた読者の報告をまとめ、同年6月の「民間伝承」に載せた「鹿遊びの分布」も併せて収める。アメリカの研究者から「鹿の角は何本」と問う遊びが日本にもあるかと尋ねられた話を皮切りに、かごめかごめ、ままごと、鬼ごっこ、ねんがら打ち、正月の左義長の小屋などを取り上げる。今は子どもの遊びとして残るものの多くが、かつては大人の神事や村の行事であったことを、全国の方言や唱えごとを並べながら平易に説き、子どもを古い文化の伝え手として見つめ直した一冊である。
あらすじ
小序で柳田は、子どもとその母親がともに読めるものをという朝日新聞の企てに動かされて書いたこと、連載中に読者から寄せられた便りのことを記す。本編は、アメリカのミズーリ大学の研究者から、目隠しをした子の背を叩いて指の数を当てさせる「鹿の角は何本」の遊びが日本にもないかと問われた話に始まる。問い合わせを会報に載せると、滋賀県や九州から同じ遊びがあるとの知らせが届いた。続いて、かごめかごめや中の中の小仏を「あてもの遊び」の一つと見なし、中の子に地蔵様を乗り移らせる地蔵遊びや、鉤を回して答えを占うベロベロの神の遊びに、神に問いかけた古い祭りの作法の名残を読み取る。鉤になった木の枝の力を信じた昔の神事から、子どもの鉤引きやねんがら打ち(念木)の遊びが伝わり、その名が全国で不思議に共通していることも示される。昔の親は子どもに遊びを与えなかったが、年上の子が年下を世話し、子どもは大人の行事をまねて受け継いだ。もぐら追いや鳥追い、正月の左義長の小屋で年長の「親玉」を中心に営まれる子ども組の自治、十五夜の団子突きのような「公認の悪戯」もその例である。女の子のままごとは、盆に川原や辻で煮炊きをして精霊を供養した行事に起こり、その名は各地の主婦の呼び名とともに移り変わってきた。鬼ごっこや子買い問答の唱えごと、子どもの口にのぼる古い言葉にも触れたうえで、児童文化は孤立した別の文化ではなく、子どもは古い文化を長く持ち伝える担い手だと述べる。巻末の「鹿遊びの分布」では、連載後に全国から百七十余通の報告が寄せられた鹿遊びの分布を整理し、九州と四国に多いことや唱えごとの変化を示して、この遊びが外国から伝わった可能性も否定はできないと、慎重に考察を結ぶ。
冒頭部(原文より)
一昨年の九月、米国ミズリー大学のブリウスタアという未知の人から面白い手紙の問合せを受けた。もしか日本にはこういう子供の遊戯はありませんかという尋ねである。一人の子が目隠しをして立っていると、その後にいる別の子が、ある簡単な文句で拍子をとって背なかを叩きその手で何本かの指を出して、その数を目隠しの子に当てさせる。英語では問いの文句が、
「こども風土記」柳田国男(青空文庫)
末尾部(原文より)
ただし女の子の学校において、米国宣教師が教えた遊びにしては、飛び乗りは少しばかり荒々しいように思われるが、是は唱えごとの文句も同様にだんだんと変って来たものとも見られぬことはない。現在この遊戯の最も盛んな西南の二県などは、むしろ新しい流行地であるがために、今のようなちがった形になっているのかも知れない。もっと他の地方の遊びかたを、詳しく尋ねてみなければならぬが、遠州浜松などでは家の中で、女の子も加わってする遊びであった。単にうつ伏しになっている背の上で指を立てて数を問うだけで、馬乗り・胴乗りというようなことまではしていなかった土地がまだ有るのかも知れない。前に言い落したが福岡県の田川郡でも、女の子は御手玉を隠して数を当てさせるのに、やはり鹿々何本を唱えていた。またあいにくと地名を挙げてないが、是も北九州のいずれかの郡で、銀杏・榧の実などの数をあてる女の子の遊びにこの語を用い、なかには「中の中の小坊主」と同じく、手を繋いで輪になって中央に踞った児に、鹿々何本と謂ってその樹実の数をあてさせたという例さえある。是を男の子の遊びの真似のように思っている婦人もあるらしいが、それにしては双方の動作があまりにちがい過ぎる。察するにあの活溌な飛乗りの運動に合体したのが後の進化であって、最初はまず唱えごとの耳新しさが、小さな人たちの興味を誘うたので、それがまた奇抜な文章言葉の、遠くまで伝わって行った理由でもあろう。これを外国輸入の証拠と認めるのはまだ早いとしても、少なくともこの言葉のできた時代が、明治以後だということは疑われない。そうして子ども遊びの興味の中心が動きやすく、一旦その中心をはずれると存外容易に、そこだけは改まって行くということと、女の子は比較的古い形を守るものだということとが、是だけの材料からでも言いうるかと思う。
「こども風土記」柳田国男(青空文庫)
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