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山の人生(柳田国男)のあらすじ・登場人物

失われゆく「山人」を追って

柳田国男 1925年(大正14年)1月 「アサヒグラフ」

文字数
116,014字
読了目安
約3時間52分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

柳田国男が1926年(大正15年)に刊行した民俗学の名著。前年に雑誌「アサヒグラフ」に連載したものをもとにする。近代化の中で失われゆく「山人(やまびと)」――かつて平地の民とは異なる暮らしを山中に営んだとされる人々――の姿を、各地の伝承や実際の事件をたよりに追い求める。神隠し、山中の遁世者、山に入って戻らぬ者、山姥や天狗の伝説などを丹念に拾い集め、日本人の心の古層に分け入っていく。冒頭に置かれた、貧窮の果てにわが子を手にかけた炭焼きの男の逸話は、あまりにも名高い。

あらすじ

「今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい」――柳田は、三十年ほど前、西美濃の山中で、貧しさのあまり我が子二人を自らの手で殺めた炭焼きの男の、あまりに悲痛な逸話を書きとめることから筆を起こす。炭は売れず、飢えた子らが「これで私たちを殺してくれ」と斧を磨いで差し出したという、隠れた現実のむごさ。そこから柳田は、山にまつわるさまざまな話を集めていく。定まった家を持たずに山野を移り住むサンカと呼ばれる人々、世を憤って山に入り仙人のようになった遁世者、産後に発狂して山へ走り込む女たち、稀に山から里へ還ってくる者、そして山姥や天狗、神隠しの伝説――。柳田はこれらを手がかりに、平地人とは異なる暮らしを営んだかもしれない「山人」の実在を探り、失われゆく庶民の生活と信仰の古層に光をあてる。日本民俗学の出発点に立つ、記念碑的な一書である。

冒頭部(原文より)

一 山に埋もれたる人生あること  今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で斫り殺したことがあった。  女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰ってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。

「山の人生」柳田国男(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私は他日この問題がいますこし綿密に学界から注意せられて、単に人類学上の新資料を供与するに止らず、日本人の文明史において、まだいかにしても説明しえない多くの事蹟がこの方面から次第に分ってくることを切望いたします。ことに我々の血の中に、若干の荒い山人の血を混じているかも知れぬということは、我々にとってはじつに無限の興味であります。

「山の人生」柳田国男(青空文庫)

名文

今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で斫り殺したことがあった。

本編冒頭の章「山に埋もれたる人生あること」の書き出し。柳田が法制局で目にした記録に基づく、貧しさの果ての悲劇が淡々と語られ、民俗学の名著の中でも強い印象を残す。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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