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恐怖(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

汽車に乗れない男の受難

  • 心理

谷崎潤一郎 1913年(大正2年)1月 「大阪毎日新聞」

文字数
6,178字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府

この作品について

鉄道恐怖症に苦しむ男を描いた短編。1913年(大正2年)1月、「大阪毎日新聞」に発表された。汽車や電車に乗ると血が頭へ奔騰して死にそうになる——友人にEisenbahnkrankheit(鉄道病)と名づけられたその病を抱えたまま、「私」は徴兵検査を受けるため京都から大阪へ向かわねばならない。ウイスキーの力を借りて乗り込もうとする滑稽と切実さとが同居する、谷崎初期の異色作。

あらすじ

木屋町に宿を取り、飲酒と夜更かしを続けていた「私」は、以前患った病がぶり返したことに気づく。汽車に乗り込むや否や体じゅうの血が脳天へ奔騰し、冷汗が湧き、いまにも頭蓋骨が破裂しそうになる——友人のNさんに鉄道病と名づけられた神経病である。だが徴兵検査を受けるには、その日のうちに阪神沿線の村役場まで行って籍を移さねばならない。電車ならば大丈夫だと自分に言い聞かせ、五条の停車場のベンチに腰かけたまま、私はいつまでも立ち上がれない。酒の力で神経を麻痺させようとウイスキーを呷り、氷を包んだハンケチを額に当てて改札を抜けたものの、警笛を聞くとまた構外へ逃げ出してしまう。時計は二時になった。

登場人物

冒頭部(原文より)

私があの病気に取り憑かれたのは、何でも六月の初め、木屋町に宿泊して、毎日のように飲酒と夜更かしとを続けて居た前後であった。―――尤も其の以前、東京に居る頃も一度ならず襲われた覚えはあるが、禁酒をしたり、冷水摩擦をしたり、健脳丸を呑んだりしてやっとこさと恢復し切って居たのだ。それが京都へ来てから、再び不秩序な生活に逆戻りした結果、知らず識らずブリ返して了ったのである。

「恐怖」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

カオーッと笛が鳴って、電車がとう/\走り出した。 「いよ/\己は死ぬのかな。」 と、私は心の中で呟いた。断頭台へ載せられる死刑囚の気持も、此れと同じに違いないと思った。 「Aさんどうです、Tさんは検査に合格しますか知ら。」 K氏がこんな質問をする。 「そうですなあ。あなたは取られそうですなあ。何しろむくむく太って居て、立派な体格ですからなあ。」 左右の窓には、京都の市街が盡きて、郊外の青葉や、樹木や、往還や、丘陵がどんどん走って居た。ひょッとしたら、無事に大阪へ着けるかも知れないと云う安心が、其の時漸く私の胸に芽ざした。

「恐怖」谷崎潤一郎(青空文庫)

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