桑の実(鈴木三重吉)のあらすじ・登場人物
カッフェーの娘のつつましい日々
- 心理
- 文字数
- 86,232字
- 読了目安
- 約2時間52分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
鈴木三重吉が1913年(大正2年)、俳誌「ホトトギス」に連載した小説。師・夏目漱石ゆずりの写生文の系譜に立つ、情趣ゆたかな作品である。身寄りなく、小さなカッフェーを営むおかみさんのもとに厄介になっている、心やさしい若い娘おくみ。とりたてて大きな事件が起こるわけではなく、店に出入りする人々や、幼い子どもたちの世話をやくおくみの日々が、澄んだ観察の目とやさしい筆致でていねいに写しとられる。庶民のつつましい暮らしの情趣を愛情ぶかく描いた、三重吉の代表作である。
あらすじ
身寄りのないおくみは、女手ひとつで小さなカッフェーを営むおかみさんのもとに厄介になっている。店はあたりに同じような構えがないので、そこそこにやっていけるように見えたが、月末になるとおかみさんが浮かぬ顔をするような、つましい暮らしだった。おくみは、居候の身を気づかって進んで立ち働きながら、とりわけ、おかみさんの幼い子どもたち――十になるあき子や、小さな男の子――の世話をやき、針仕事の手ほどきをして、日々をこまやかに過ごしていく。とりたてて大きな事件が起こるわけではない。カッフェーに出入りする客たち、子どもたちのあどけない言葉、季節のうつろい、そして貧しくもあたたかな女所帯の情景が、澄んだ観察の目とやさしい筆致でていねいに写しとられていく。ある日おくみは、あき子の手を引いて、蒲団の裏地と綿を買いに町へ出かける――ささやかな日常のひとこまに、生活のいとおしさをにじませて、物語は静かに閉じられる。庶民のつつましい暮らしの情趣を、三重吉が愛情ぶかく描いた代表作である。
登場人物
- おくみ 身寄りなく、小さなカッフェーのおかみさんのもとに厄介になっている心やさしい娘。子どもたちの世話をやき、こまやかに立ち働く
- おかみさん 女手ひとつでカッフェーを営む。つましい暮らしのなか、幼い子どもたちを育てる
- あき子 おかみさんの十になる娘。おくみになつく
冒頭部(原文より)
一 おくみが厄介になつてゐるカッフェーは、おかみさんが素人の女手でやつてゐられる小さい店だけれど、あたりにかういふものがないので、ちよい/\出前もあるし、お客さまもぼつ/\来て下さるので、人目にはかなりにやつて行けるらしく見えたが、中へ這入つて見ればいろ/\あれがあつて、おかみさんは、月末になると、よく浮かない顔をして、ペンと帳面を手に持つたまゝ、茫やりと一つところを見つめてゐられるやうなことがあつた。
「桑の実」鈴木三重吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あれは自働電話。さ、早くまゐりませう。」と、手を引いてお上げする。 おくみはそれとは言はないで、今日の帯を表にするお蒲団の、裏と綿とを買ひに行くのであつた。
「桑の実」鈴木三重吉(青空文庫)
名文
もう、かうしてお伴れ申して出るのも今夜きりだといふ事もお知りにならない坊ちやんは、はじめて浴衣の人におなりになつた宵をうれしさうに、先に立つてお歩きになる。
鈴木三重吉『桑の実』の結び近く。この家を去る前夜、何も知らずにはしゃぐ坊ちゃんを連れて歩くおくみの心が、静かににじむ。
原文を読む
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