菎蒻本(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
蝋燭の香に身を焦がす男
- 怪奇
- 心理
- 文字数
- 14,958字
- 読了目安
- 約30分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
末尾に1913年(大正2年)6月とある短編。番町の不動尊の縁日の夜、お堂で蝋燭の燃えさしを乞う痩せた男がおり、それを疑った町内の若い者が男の家までついて行って、身の上話を聞く。神仏の前で燃えた蝋燭の香だけを慕う遊女と、その女に通い詰める男の執着を、縁日の夜の寒さと火事騒ぎの気配のなかで語る。蝋燭の火が人を狂わせるという奇談で、鏡花の好んだ怪異と偏執の題材が、江戸っ子風の掛け合いの勢いで描かれる。
あらすじ
風の強い火事続きの春、番町の不動尊の縁日の夜、痩せ衰えた男が堂守に、一度供えたお蝋の燃えさしを頂かせてくれと頼む。町内の若い者・欣八は放火魔かと疑い、男・進藤延一を問い詰めて市ヶ谷田町の裏長屋までついて行く。延一はかつて小石川の造兵技師だったが、酔った晩に宿場の遊廓へ上がり、白露という遊女に出会った。白露は神仏の前で燃えた蝋燭の燃えさしの香に恍惚となる女で、延一は成田や池上まで通ってはそれを集め、家も金も身も削る。白露は枕元に何十本もの蝋燭を灯し、絵蝋燭を簪に立てて眠るようになり、延一はその灯の下の媚びと恐ろしさに溺れていった。語り終えた延一は、蝋燭を固めて作った女の人形に襦袢を着せ、火を移して抱きしめる。その異様なさまに肝を潰した欣八は逃げ出すが、それから三月と経たぬうち、自分も女に惚れ込み、妻の髷に蝋燭を突き刺して火傷を負わせ、発狂してしまう。縁日ごとに「蝋燭をくんねえか」と踊り歩く欣八に続いて、友人がもう一人……と、不気味な連鎖で話は結ばれる。
登場人物
- 進藤延一 元造兵技師。蝋燭の燃えさしに執着する遊女に溺れて落ちぶれた男
- 欣八(下塗の欣八) 町内の若い者。威勢はいいが、延一の話に引き込まれて身を滅ぼす
- 白露 宿場の遊廓の遊女。神仏の前で燃えた蝋燭の香を何よりも好む
冒頭部(原文より)
如月のはじめから三月の末へかけて、まだしっとりと春雨にならぬ間を、毎日のように風が続いた。北も南も吹荒んで、戸障子を煽つ、柱を揺ぶる、屋根を鳴らす、物干棹を刎飛ばす――荒磯や、奥山家、都会離れた国々では、もっとも熊を射た、鯨を突いた、祟りの吹雪に戸を鎖して、冬籠る頃ながら――東京もまた砂埃の戦を避けて、家ごとに穴籠りする思い。
「菎蒻本」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
「女がボーッと来た、下町ア火事だい。」と威勢よく云っていた。が、ものの三月と経たぬ中にこのべらぼう、たった一人の女房の、寝顔の白い、緋手絡の円髷に、蝋燭を突刺して、じりじりと燃して火傷をさした、それから発狂した。 但し進藤とは違う。陰気でない。縁日とさえあればどこへでも押掛けて、鏝塗の変な手つきで、来た来たと踊りながら、 「蝋燭をくんねえか。」 怪むべし、その友達が、続いて――また一人。…………
「菎蒻本」泉鏡花(青空文庫)
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