夢(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
画家とモデルと不穏な夢
- 心理
- 怪奇
- 文字数
- 6,391字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
芥川龍之介の晩年の短編。疲れ、不眠、憂鬱の中にいる画家の「わたし」が、モデルの女を雇って絵を描きはじめ、現実と夢が境を失っていく数日を描く。語りは一人称で、モデルの体や下宿の絨毯、胞衣塚のような不穏な細部を重ね、「自分の知らない時間」への不安を前面に出している。末尾に「昭和二年」の記載がある。
あらすじ
疲れ切り不眠に悩む画家のわたしは、東京郊外の下宿で、久しぶりに制作欲を感じ、モデルを一人雇う。顔は綺麗でないが体は立派なそのモデルは、表情を動かさず、一本調子で話す。わたしは次第に彼女の体に圧迫と野蛮な力を感じ、絵は進まない。ある日、彼女は下宿への路に敷いてある細い石を胞衣塚だと言い、誰もが胞衣をかぶって生まれてくると思うと犬の子のような気がすると笑う。その夜、わたしは彼女を絞め殺す夢を見る。翌日、モデルは来ない。わたしは本郷東片町の彼女の宿を訪ね、西洋洗濯屋の職人から、おとといから帰っていないと聞く。そのやりとりは、いつか夢で見たのと同じだと思い出され、わたしは何か起これば、それも夢の中の出来事になりかねないと感じる。
登場人物
- わたし 憂鬱と不眠に苦しむ画家
- モデル Mという家から来た女。表情を動かさない
冒頭部(原文より)
わたしはすっかり疲れていた。肩や頸の凝るのは勿論、不眠症もかなり甚しかった。のみならず偶々眠ったと思うと、いろいろの夢を見勝ちだった。いつか誰かは「色彩のある夢は不健全な証拠だ」と話していた。が、わたしの見る夢は画家と云う職業も手伝うのか、大抵色彩のないことはなかった。わたしはある友だちと一しょにある場末のカッフェらしい硝子戸の中へはいって行った。そのまた埃じみた硝子戸の外はちょうど柳の新芽をふいた汽車の踏み切りになっていた。わたしたちは隅のテエブルに坐り、何か椀に入れた料理を食った。が、食ってしまって見ると、椀の底に残っているのは一寸ほどの蛇の頭だった。――そんな夢も色彩ははっきりしていた。
「夢」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかしそれはまだ善かった。わたしは割にしもた家の多い東片町の往来を歩いているうちにふといつか夢の中にこんなことに出合ったのを思い出した。ペンキ塗りの西洋洗濯屋も、顔色の悪い職人も、火を透かしたアイロンも――いや、彼女を尋ねて行ったことも確かにわたしには何箇月か前の(あるいはまた何年か前の)夢の中に見たのと変らなかった。のみならずわたしはその夢の中でもやはり洗濯屋を後ろにした後、こう云う寂しい往来をたった一人歩いていたらしかった。それから、――それから先の夢の記憶は少しもわたしには残っていなかった。けれども今何か起れば、それもたちまちその夢の中の出来事になり兼ねない心もちもした。………
「夢」芥川龍之介(青空文庫)
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