秘密(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
女装して夜の街をさまよう愉悦
- 幻想
- 心理
- 文字数
- 14,501字
- 読了目安
- 約29分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1911年11月、「中央公論」に発表された谷崎潤一郎の短編。賑やかな交際を離れたくなった「私」は、浅草の寺に一室を借りる。遠い土地へ行くよりも、よく知るはずの東京に残る知らない横丁へ身を隠す方が、心を惹くのである。昼は奇怪な説話のある本を読み、夜の街では普段と違う装いを試す。やがて女物の着物を身につけ、人々の間へ紛れてゆくことが、新しい愉しみとなる。秘密は、単に何かを隠しておくことではなく、自分の感覚や周囲の風景を変える仕掛けとして描かれている。入り組んだ道や寺の部屋、着物と肌の感触を細かく記す文章が、日常の都会を見知らぬ場所へと変えてゆく。慣れた刺激に飽きた語り手が、さらに強い感覚を求める危うさも漂う。事件の秘密を知りたいという興味に加え、知られずにいることそのものに酔う心理を味わう、谷崎初期の都市の物語。
あらすじ
賑やかな交際を逃れたくなった「私」は、浅草松葉町の真言宗の寺に部屋を借り、昼は魔術や探偵小説の本を読み、夜は変装して場末の街をさまよう暮らしを始める。ある晩、古着屋で見つけた女物の袷に心を奪われた私は、女装して夜の浅草を歩く。化粧をし、女の衣装に身を包んで雑踏に紛れるときの、皮膚までも女になったような陶酔。三友館の場内で、私は偶然、かつて上海への航路で情を交わした女と再会する。女は私の女装を見破り、目隠しのまま人力車で私を自分の家へ運ばせる逢瀬が始まる。互いに素性を明かさぬ「秘密」の恋の甘さに私は酔うが、やがて女の家の在り処を突き止めたい欲望に勝てず、目隠しの道筋を記憶を頼りに推理して、白昼、その家を探し当ててしまう。女は雷門近くの物持ちの後家・芳野であった。すべての謎が解かれた途端、私の心は冷め、それきり女を捨てる。秘密などという手ぬるい快感に満足できなくなった私は、もっと色彩の濃い、血だらけの歓楽を求めて寺を引き払うのだった。
登場人物
- 私 浅草の寺に隠れ住み、女装と秘密の逢瀬に耽る男
- 女(芳野) 船で私と情を交わした後家。目隠しの逢瀬で素性を隠す
冒頭部(原文より)
その頃私は或る気紛れな考から、今迄自分の身のまわりを裹んで居た賑やかな雰囲気を遠ざかって、いろいろの関係で交際を続けて居た男や女の圏内から、ひそかに逃れ出ようと思い、方々と適当な隠れ家を捜し求めた揚句、浅草の松葉町辺に真言宗の寺のあるのを見附けて、ようよう其処の庫裡の一と間を借り受けることになった。
「秘密」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
女は芳野と云うその界隈での物持の後家であった。あの印形屋の看板と同じように、凡べての謎は解かれて了った。私はそれきりその女を捨てた。 二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。
「秘密」谷崎潤一郎(青空文庫)
原文を読む
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