酒虫(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
酒を飲んでも酔わぬ男
- 幻想
- 心理
- 文字数
- 6,726字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介の初期の短編。中国清代の怪異譚集『聊斎志異』の話に材を取って書き直した作品で、芥川は同じ書から「仙人」「首が落ちた話」なども翻案している。舞台は中国の長山、酒をいくら飲んでも酔わない素封家のもとへ、西域から来た僧が現れるところから始まる。炎天の打麦場に三人が集う場面を冒頭に据え、末尾には作者自身が「道徳的な判断」を並べてみせる。原話の奇談を、作者の皮肉まじりの文体で語り直した一編。
あらすじ
中国・長山の素封家、劉大成は、朝から一甕を空けても酔わない大酒飲みである。ある夏の日、碁を打つ友人の孫先生のもとへ、西域から来た蛮僧が訪れ、「腹に酒虫がいるのが病だ、薬も針も呪いも要らない」と告げる。劉は裸で縛られて炎天の打麦場に寝かされ、枕もとには酒を入れた瓶が置かれる。暑さと渇きに苦しむうち、喉から何かが這い上がってきて外へ飛び出し、瓶の中へ落ちる。覗くと、朱泥色の小さな山椒魚のようなものが酒の中を泳いでいた。劉はその日から酒が飲めなくなり、体も次第に衰え、三年のうちに家産も傾いて自ら鋤を取るまでになる。長山の人々はこの成り行きに三通りの答えを出す。酒虫は福だった、病だった、劉そのものだったというものである。語り手は、どれが当を得ているのか自分にもわからないと記して結ぶ。
登場人物
- 劉大成 酒を飲んでも酔わない長山の素封家
- 蛮僧 西域から来た宝幢寺の僧。酒虫を除くと言う
- 孫先生 劉の飲み仲間の儒者
冒頭部(原文より)
近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてある燕の巣さへ、この塩梅では中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺してしまふかと思はれる。まして、畑と云ふ畑は、麻でも黍でも、皆、土いきれにぐつたりと頭をさげて、何一つ、青いなりに、萎れてゐないものはない。その畑の上に見える空も、この頃の温気に中てられたせいか、地上に近い大気は、晴れながら、どんよりと濁つて、その所々に、霰を炮烙で煎つたやうな、形ばかりの雲の峰が、つぶつぶと浮かんでゐる。――「酒虫」の話は、この陽気に、わざ/\炎天の打麦場へ出てゐる、三人の男で始まるのである。
「酒虫」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
これらの答の中で、どれが、最よく、当を得てゐるか、それは自分にもわからない。自分は、唯、支那の小説家の Didacticism に倣つて、かう云ふ道徳的な判断を、この話の最後に、列挙して見たまでゝある。
「酒虫」芥川龍之介(青空文庫)
名文
近年にない暑さである。
冒頭の一文。照りつける夏の暑さの描写から、大酒飲みの劉が腹の酒虫を取り除く奇談が始まる。
劉の一生から酒を除けば、後には、何も残らない。して見ると、劉は即酒虫、酒虫は即劉である。
作者が並べてみせる三つの答えのうち、第三の答えの一節。中国の奇談を、人とその欲との関係を問う寓話に仕立て直している。
原文を読む
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