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山吹(泉鏡花)のあらすじ・登場人物

修善寺で人形使いに従う夫人

  • 幻想
  • 心理

泉鏡花 1923年(大正12年)6月

文字数
16,574字
読了目安
約33分
表記
新字新仮名
舞台
  • 静岡県

この作品について

大正12年(1923)6月の日付をもつ泉鏡花の戯曲。弘法大師の祭で賑わう修善寺温泉を舞台に、家出した子爵夫人と洋画家、酒に酔った門付けの人形使いの三人が出会う二場の戯曲。人形使いは昔の罪を償うため、美しい女に打たれたいと願っている。妖しく、怪異とも現実ともつかない空気に満ちた一編。

あらすじ

四月下旬、弘法大師の祭礼で修善寺の温泉場は賑わっている。裏路の万屋の店先では、門付けの人形使い、辺栗藤次が酔って「もう一杯」とせがんでいる。そこへ傘を提げた夫人が現れ、石垣に立てかけてある美しい白拍子の人形に気づく。続いて洋画家の島津正が通りかかる。夫人は、家出して追手がかかっていると打ち明け、同じ宿に「島津の家内です」と偽って泊まった事情を話し、小川に死んで浮かぶ鯉を指して、自分もこの鯉と同じ身の上だと訴える。画家は「お連れは迷惑です」と答えて立ち去り、夫人はとり残される。夫人は、酔った人形使いの老人に「望みを何でも叶えてやる」と声をかけ、老人は昔の罪滅ぼしに、美しい女に打たれたいと願い出る。山あいの窪地で、夫人は雨傘で老人を打ち据え、現れた画家に止められて我に返る。縫子は、実は画家に長く思いを寄せてきたと打ち明け、嫁ぎ先でも財産目当てに虐げられたことを語る。画家は「しばらく待ってほしい」と言うばかりで決断できず、夫人は老人とともに生きる覚悟を決める。老人が四つ這いになって背に夫人を乗せ、二人は雨の中を去っていく。画家は夫人の駒下駄を手にして苦悶するが、投げ捨て、修禅寺の暮六つの鐘が鳴る。

登場人物

冒頭部(原文より)

狭き土間、貧しき卓子に向って腰掛けたる人形使――辺栗藤次、鼻の下を横撫をしながら言う。うしろ向のままなり。 人形使 お旦那――お旦那――もう一杯注いで下せえ。 万屋 (店の硝子戸の内より土間に出づ)何もね、旦那に(お)の字には及ばないが、(苦笑して)親仁、先刻から大分明けたではないか。……そう飲んじゃあ稼げまいがなあ。 人形使 へ、へ、もう今日は稼いだ後だよ。お旦那の前だが、これから先は山道を塒へ帰るばかりだでね――ふらりふらりとよ。

「山吹」泉鏡花(青空文庫)

末尾部(原文より)

画家 うむ、魔界かな、これは、はてな、夢か、いや現実だ。――(夫人の駒下駄を視る)ええ、おれの身も、おれの名も棄てようか。(夫人の駒下駄を手にす。苦悶の色を顕しつつ)いや、仕事がある。(その駒下駄を投棄つ。) 雨の音留む。 福地山修禅寺の暮六ツの鐘、鳴る。――幕――

「山吹」泉鏡花(青空文庫)

名文

山吹の花の、わけて白く咲きたる、小雨の葉の色も、ゆあみしたる美しき女の、眉あおき風情に似ずやとて、――

戯曲の序。白い山吹を湯上がりの美女にたとえる一文に、鏡花らしい官能と美意識が凝縮されている。

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