浮世絵の鑑賞(永井荷風)のあらすじ・登場人物
褪せた色に江戸の哀しみを聴く
- 文字数
- 6,711字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1914年(大正3年)1月の『中央公論』に発表された永井荷風の評論で、のちに浮世絵や江戸の演劇を論じた評論集『江戸芸術論』(1920年)に収められた。末尾には「大正二年正月稿」とある。西洋模倣の都市改造に憤った筆者は、やがて諦めの境地に入り、浮世絵の中に失われた江戸の生活を夢見ようとする。奉書に摺られた褪せたような淡い色調に専制時代の哀訴を聴き取り、紙と木の家に似合う小さな美術としての価値、肉筆画に対する木版画の優位を論じていく。ベルギーの詩人ヴェルハーレンがフランドル絵画を讃えた詩を原文と訳で引き、物言えば唇寒き国に生まれた自分と対比する一節もある。漢語を多く用いた文語体で、荷風の江戸趣味をまとまった形で語った文章である。
あらすじ
一、筆者は明治の西洋模倣や、市区改正による見附の取り壊し、古松の濫伐に悲憤するが、その絶望はやがて諦めに変わり、時代の茶番を笑いつつ、残された文学美術によって整った過去の生活を夢見るようになる。広重・北斎の名所絵に都会の風景を、鳥居・奥村派に衣服や器具の意匠を、天明以後の美人画に平民の生活を求めたのはそのためである。二、浮世絵は政府の迫害を受けながら江戸の平民の手で発達した芸術で、官の保護を受けた狩野派に対し、自由な芸術の勝利を示すものだと説く。三、奉書や西之内に摺られた淡く光沢のない色調は専制時代の萎縮した人心の反映であり、筆者はそこに娼婦の忍び泣きのような哀訴を聴き取る。四、紙と木の脆い家屋に住む身には、小さく軽い浮世絵こそ似合う美術であり、秋雨の日に独り眺めて慰めを得る。五、ヴェルハーレンがフランドル絵画の逞しい女たちを讃えた詩を訳出し、自由の国の詩人と、物言えば唇寒き国に生まれた自分とを比べて、果敢なく頼りないものを愛する心を述べる。六、肉筆画と版画を比べ、鈴木春信の錦絵以後、色彩の調和と布局において版画に独自の価値が生じたと論じる。七、西洋の油画や音楽が日本の婦女や風景を表しうるかに疑問を呈し、日本の気候と自然がある限り浮世絵は日本人の感情に親しく語り続けるだろうと述べ、その優れた作品が海外へ流出したことを嘆いて結ぶ。
冒頭部(原文より)
一 我邦現代における西洋文明模倣の状況を窺ひ見るに、都市の改築を始めとして家屋什器庭園衣服に到るまで時代の趣味一般の趨勢に徴して、転た余をして日本文華の末路を悲しましむるものあり。
「浮世絵の鑑賞」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
然れども日本の気候と天象と草木とは黒潮の流れにひたされたる火山質の島嶼の存するかぎり、永遠に初夏晩秋の夕陽は猩々緋の如く赤かるべし。永遠に中秋月夜の山水は藍の如く青かるべし。椿と紅梅の花に降る春の雪はまた永遠に友禅模様の染色の如く絢爛たるべし。婦女の頭髪は焼鏝をもて殊更に縮さざる限り、永遠に水櫛の鬢の美しさを誇るに適すべし。然らば浮世絵は永遠に日本なる太平洋上の島嶼に生るるものの感情に対して必ず親密なる私語を伝ふる処あるべきなり。浮世絵の生命は実に日本の風土と共に永劫なるべし。しかしてその傑出せる制作品は今や挙げて尽く海外に輸出せられたり。悲しからずや。
「浮世絵の鑑賞」永井荷風(青空文庫)
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