勲章(永井荷風)のあらすじ・登場人物
オペラ館の楽屋と出前の老人
- 心理
- 文字数
- 6,831字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
永井荷風が1942年(昭和17年)12月に書き上げ、敗戦後の1946年1月に雑誌『新生』で発表した短編。戦時中に書きためられ、戦後になって世に出た荷風作品の一つである。語り手の「わたくし」は耳順を過ぎた老作家で、浅草公園六区のレヴュー小屋オペラ館の楽屋に出入りし、警察の訓示で男の立ち入れない踊子の大部屋にも自由に入り込む。衣裳や履物、食べ散らかしで足の踏み場もない部屋の情景、物を売りに来る商人たち、毎日丼飯を運んでくる名も知れぬ出前持ちの老人の姿を、カメラを提げた語り手が淡々と書き留めていく。浅草の楽屋の雑踏と、その片隅で生きる人々の暮らしの手触りを伝える小品。
あらすじ
浅草公園六区のオペラ館の楽屋に出入りする「わたくし」は、六十を過ぎた身ゆえに誰にも咎められず、踊子たちの大部屋に入り浸っている。部屋は衣裳や履物、食べ散らかしで足の踏み場もなく、化粧品やシャツを売る商人が入れ替わり訪れる。初夏のある日、毎日丼飯を運んでくる「鮫屋のおじさん」と呼ばれる出前持ちの老人が、兵卒の衣裳を着た役者に問われ、日露戦争に従軍して勲章を貰ったと胸を張る。親方の家から勲八等瑞宝章と従軍記章を持って来た老人は、踊子たちに囃されて衣裳の軍服を着、勲章を縫いつけてもらい、銃剣まで下げてカメラの前に立つ。わたくしが写真を撮ると、老人は汗を滴らせて幾度も礼を言った。現像してみると勲章は規則と違う右の胸についており、わたくしはフィルムを裏返して焼き付け、十日ほどして楽屋へ持って行く。しかし鮫屋はあれきり姿を見せず、踊子たちはほかの店の物を食べるから困らないと言い、やがて誰も老人のことを口にしなくなる。わたくしは脳溢血で倒れたのだろうと推し量るが、写真を届ける手立てもなく、浅草風俗資料の箱にしまい込んだままでいる。
登場人物
- わたくし 浅草オペラ館の楽屋に出入りする六十過ぎの文筆家。カメラを提げて踊子たちの写真を撮る
- 鮫屋の爺さん 楽屋に丼飯を運ぶ年老いた出前持ち。日露戦争に従軍した過去を持つ
- 踊子たち オペラ館の大部屋に寝起きする若い踊子。爺さんを囃して軍服を着せる
- 兵卒役の役者 青年部の芸人。爺さんに戦争の話を尋ねる
冒頭部(原文より)
寄席、芝居。何に限らず興行物の楽屋には舞台へ出る芸人や、舞台の裏で働いている人たちを目あてにしてそれよりもまた更に果敢い渡世をしているものが大勢出入をしている。 わたくしが日頃行き馴れた浅草公園六区の曲角に立っていた彼のオペラ館の楽屋で、名も知らなければ、何処から来るともわからない丼飯屋の爺さんが、その達者であった時の最後の面影を写真にうつしてやった事があった。
「勲章」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
わたくしは爺さんがいつも酔ったような赤ら顔に油汗をかき、梯子段の上り下りも退儀そうであった様子から、脳溢血か何かで倒れたものと、勝手な考方をした。しかし身寄のものでもあるなら、折角うつした写真だけは届けてやりたいとも思ったが、無論そんな手蔓のあろうはずもなかった。 写真は今でも捜したなら、わたくしが浅草風俗資料と紙札をつけて、興行物のプログラムや流行唄や踊子の姿など、さまざまな写真や紙片を投込んで置く箱の中にしまわれているであろう。
「勲章」永井荷風(青空文庫)
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