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六白金星(織田作之助)のあらすじ・登場人物

兄と比べられる少年の胸中

  • 心理
  • 家族

織田作之助 1946年(昭和21年)3月 「新生」

文字数
18,859字
読了目安
約38分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 大阪府

この作品について

1946年(昭和21年)3月、『新生』に発表された織田作之助の小説。作者初の短編集『夫婦善哉』のあとがき草稿には、すでに1940年6月作として名が記されており、戦後の発表に先立つ成立の経緯を持つ。主人公の楢雄は、学校の成績では兄の修一に及ばず、父から繰り返し兄を見習うよう言われる少年である。蠅を捕ることだけは得意で、その腕前を褒められると夢中になり、寂しさを紛らわせる。父に似て要領のよい兄と、何をしても不器用に見られる弟。その対照は、顔つきや本の読み方、大人の言葉への反応など、細かな動作を通して描かれる。語りは楢雄ばかりでなく、兄や両親それぞれの思惑にも入り込み、家庭の中で人の値打ちがどう決められるかを浮かび上がらせる。滑稽な振る舞いと傷つきやすい内心を並べ、家族の親しさにも差別や打算が交じる様子を捉えた作品である。

あらすじ

楢雄は生まれつき頭が悪く、近眼で、何をさせても鈍くさい子供だったが、ただ一つ蠅を獲ることだけが得意で、寂しいときには蠅を獲っては心を慰めていた。そんな楢雄を、父の圭介はいじらしいと思うより先に苦々しく感じ、たまに帰ってくるたびに「莫迦な真似をせずに修一を見習え」と小言をこぼす。楢雄は父・圭介と妾の寿枝とのあいだに生まれた子で、蘆屋の本妻の子である異母兄・修一とは、何かにつけて比べられ、いつも出来の悪い方として扱われてきた。長じて楢雄は、正規の資格もないまま病院や町医者の代診として働きながら、細菌学の研究室に通って誰もいやがる試験管洗いを黙々と続けるなど、独学と研究に一途に打ち込む。恋人の雪江と貧しく暮らしながらも、母・寿枝が送ってくる金や、結婚や世間体をめぐる干渉を、かたくなにはねつける。一方、異母兄の修一は要領よく立ち回り、出世と結婚のことばかり気にかける俗物として描かれる。楢雄はついに「世間から嫌われた人間だから、世間から嫌われたレプラ療養所で働く」と宣言し、いよいよ世間との縁を切ろうとする。心配した母や兄がなんとか連絡を取りつけると、楢雄は「将棋以外の口を利くな」という奇妙な条件のもとでしか会おうとしない。約束の日、薄汚れた身なりで現れた楢雄は、将棋の駒の形に削り、「角」「竜」の字を彫りつけた下駄を脱いでみせる。何を言っても無駄だと悟った修一は、諦めて駒を並べはじめる。世間の物差しをまるで意に介さず、自分だけの理屈で生き抜く変わり者の一代記を、織田は温かな笑いとともに描き出す。

冒頭部(原文より)

 楢雄は生れつき頭が悪く、近眼で、何をさせても鈍臭い子供だつたが、ただ一つ蠅を獲るのが巧くて、心の寂しい時は蠅を獲つた。蠅といふ奴は横と上は見えるが、正面は見えぬ故、真つ直ぐ手を持つて行けばいいのだと言ひながら、あつといふ間に掌の中へ一匹入れてしまふと、それで心が慰まるらしく、またその鮮かさをひそかに自慢にしてゐるらしく、それが一層楢雄を頭の悪いしよんぼりした子供に見せてゐた。

「六白金星」織田作之助(青空文庫)

末尾部(原文より)

 いきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削つてあり、表にはそれぞれ「角」と「竜」の駒の字が彫りつけられてゐるのだつた。修一はあつと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめてゐたが、やがてこの男にはもう何を言つても無駄だと諦めながら、さア来いと駒を並べはじめた。

「六白金星」織田作之助(青空文庫)

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