女の一生(森本薫)のあらすじ・登場人物
自分で選んで歩きだした道
- 家族
- 心理
- 文字数
- 50,114字
- 読了目安
- 約1時間40分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 東京都
この作品について
劇作家・森本薫が文学座のために書いた戯曲。1945年(昭和20年)4月、空襲下の東京で初演された。戦災で焼け野原となった東京の屋敷跡から始まり、明治三十八年に孤児の布引けいが清国との貿易を営む堤家に迷い込む場面へとさかのぼって、明治・大正・昭和の四十年にわたる一人の女性の歩みを描く。家業と一族を背負って生きるけいの姿に、日露戦争から太平洋戦争の終わりまでの日本の移り変わりが重ねられる。各幕はけいの人生の節目となる一夜や一日を切り取り、その間の歳月は台詞の端々から浮かび上がる仕組みで、幕ごとに変わってゆくけいの言葉づかいや立場が見どころとなる。作者は戦後まもなく若くして世を去ったが、作品は文学座で上演が重ねられ、杉村春子が生涯にわたってけいを演じた当たり役として知られる。本書は戦後に改訂された版による。
あらすじ
昭和二十年十月、焼け跡となった堤家の屋敷跡で、年老いた布引けいは、盛岡から訪ねてきた男・栄二と月明かりの下で言葉を交わす。物語はそこから明治三十八年の正月へさかのぼる。旅順陥落に沸く夜、身寄りのない少女けいは、清国との貿易を営む堤家に迷い込み、女主人しずに見込まれて、家に置かれることになる。けいは次男の栄二に淡い思いを寄せるが、しずに家を託したいと望まれ、長男の伸太郎と結婚する。やがてけいは家業の中心となって采配を振るい、店を守るために一族の人々とも厳しく向き合っていく。大正四年、夫の伸太郎から、自分を愛してはいなかったのだろうと冷たく言われたけいは、それでも「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩きだした道」と言い切る。昭和に入ると堤家の商売は大きくなるが、夫とは別居し、家族は次々とけいのもとを離れていく。昭和十七年、二十年ぶりに中国から戻った栄二がひそかな政治活動にかかわっていると見たけいは、訪ねてきた警察の手に彼を委ね、そのやり方に反発した娘の知栄にも去られて、ひとりになる。終幕は再び焼け跡に戻り、伸太郎が最期にけいのもとへ帰ってきたことを語ったけいは、自分の一生とは何だったのかとつぶやき、栄二の誘いで月の下、静かにカドリイルを踊る。
登場人物
- 布引けい 身寄りのない少女として堤家に入り、のちに家業と一族を背負う女性
- 堤しず 堤家の女主人。けいを見込んで家に置き、長男の嫁にと望む
- 堤伸太郎 堤家の長男。けいと結婚するが、次第に心が離れていく
- 堤栄二 堤家の次男。けいが思いを寄せた青年で、やがて家を出て中国へ渡る
- 堤総子・ふみ 堤家の娘たち。けいの義妹にあたる
- 章介 しずの弟。皮肉屋の叔父で、けいを見守り続ける
- 知栄 けいの娘。母の生き方に反発する
冒頭部(原文より)
堤家の焼跡。 昭和二十年十月のある夜。 正面右手寄りに、之だけが完全に残った石燈籠。左手に壕舎の屋根、舞台右手寄りに切石が二つ三つ積んである。高台と見えて地平線の空が月明に明るい。 石燈籠の脇に堤けい、向うむきに坐りこんでいる。じっとして動かない。髪に白いものも多く、戦禍をくぐって来た事とて年よりもぐっとふけて見える。 間。 下手から栄二、けいより一二歳上だが之も最近「或る場所」から出て来たのですこしふけて見える、暫くあたりを見廻しているがけいに気がついて…… 栄二 あの……。
「女の一生」森本薫(青空文庫)
末尾部(原文より)
けい ええ。でも私此の頃になって時々考えるんです。私の一生ってものは一体何だったんだろう。子供の時分から唯もう他人様の為に働いて他人様がああしろと言われればその様にし、今度はそれがいけないと言って、身近の人からそむいて行かれ、やっとみんなが帰って来たと思ったら、何も彼もめちゃめちゃにされてしまい、自分て言う者が一体どこにあるんだか……。 栄二 今までの日本の女の人にはそう言う生活が多すぎたのです。しかしこれからの女は又違った一生を送る様になるでしょう。 けい そうでしょうか。そうでしょうね。そうあってほしいと思います。 栄二 さあ燃えた。手を出しなさい……。わたしは今ずっと昔読んだ外国の短篇を思い出しているんですがね、それは今夜の様に月の明るい夜、人気もない公園で燕尾服と夜会服を着込んだ老人夫婦が静かにカドリイルを踊ると言うんですがね、どうです、わたし達も此の月の下でカドリイルを踊ってみませんか。 けい え。 栄二 いえ。其の老人達の色褪せた式服にもはなやかな昔が数々折り込まれている様に、わたし達の老年にも一つや二つの思い出があろうと言うものですよ。 けい ほんとうに。踊りましょうか。(二人顔見合せて静かに笑う)
「女の一生」森本薫(青空文庫)
名文
誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩きだした道ですもの。間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ。
森本薫『女の一生』(1945年初演)の布引けいの台詞。身寄りのない娘から堤家の女主人となり、家を背負って生きたけいが、自分の歩んだ道を引き受ける言葉。杉村春子の当たり役とともに広く知られる。
原文を読む
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