冬の花火(太宰治)のあらすじ・登場人物
冬の花火に重ねる敗戦後の日本
- 家族
- 心理
- 文字数
- 22,155字
- 読了目安
- 約44分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 青森県
この作品について
太宰治が1946(昭和21)年6月に『展望』に発表した三幕の戯曲。敗戦の翌年の冬、東京で罹災して津軽の実家に身を寄せた娘の数枝と、父の伝兵衛、継母のあさ、村の精米屋の男のあいだで起こる出来事を描く。題は、季節外れの線香花火に、敗戦後の日本と人びとの姿を重ねた数枝の台詞による。
あらすじ
昭和二十一年の一月末、津軽の地主の家。東京で罹災し、六歳の娘睦子を連れて実家に戻った数枝は、夫の島田哲郎が出征したまま帰らず、東京にひそかに男があることを、父の伝兵衛に問いただされる。継母のあさは、行方の知れない実子栄一の代わりに、睦子を置いていってほしいと考えていた。伝兵衛は怒り、出て行けと怒鳴る。その夜、村の精米屋の金谷清蔵が、屋根から二階の数枝の部屋の雨戸を開けて忍び込み、出刃包丁を置いて返事を迫る。数枝は線香花火に火をつけながら、自分も日本の人もみな冬の花火のようなものだと嘆き、昔の出来事を持ち出す清蔵を激しく拒む。襖の陰で聞いていたあさは、悪態をついて出て行こうとする清蔵を包丁で刺そうとして蹴倒され、清蔵は雪の中へ逃げる。十日後、卒倒して寝込んだあさを看病する数枝は、東京の男に別れの手紙を書き、田舎で百姓になって桃源境を作ると語る。そこであさは、六年前に自分も清蔵にだまされたのだと打ち明け、数枝は手紙を引き裂いて火鉢に投げ込み、落ちるところまで落ちて行くのだと笑い狂う。そこへ至急の電報が届く。
登場人物
- 数枝 二十九歳。東京から娘を連れて帰った
- 睦子 数枝の娘、六歳
- 伝兵衛 数枝の父、五十四歳
- あさ 伝兵衛の後妻、数枝の継母
- 金谷清蔵 村の精米屋の男、三十四歳
冒頭部(原文より)
舞台は、伝兵衛宅の茶の間。多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手は台所、下手は玄関の気持。 幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅のストーヴにあたっている。 二人、黙っている。柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。 突然、数枝が低い異様な笑声を発する。 伝兵衛、顔を挙げて数枝を見る。 数枝、何も言わず、笑いをやめて、てれかくしみたいに、ストーヴの傍の木箱から薪を取り出し、二、三本ストーヴにくべる。 (数枝)(両手の爪を見ながら、ひとりごとのように)負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。ほろんだのよ。滅亡しちゃったのよ。日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥かしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねえ、いままでどおりの生活がいつまでも続くとでも思っているのかしら、相変らず、よそのひとの悪口ばかり言いながら、寝て起きて食べて、ひとを見たら泥棒と思って、(また低く異様に笑う)まあいったい何のために生きているのでしょう。
「冬の花火」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
(数枝) あら、あたしに電報。いやだ、いやだ。ろくな事じゃない。いまの日本の誰にだって、いい知らせなんかありっこないんだ。悪い知らせにきまっている。(うろついて、手にしているたくさんの紙片を、ぱっと火鉢に投げ込む。火焔あがる)ああ、これも花火。(狂ったように笑う)冬の花火さ。あたしのあこがれの桃源境も、いじらしいような決心も、みんなばかばかしい冬の花火だ。 玄関にて、「電報ですよ。どなたか、居りませんか。島田数枝さん。至急報ですよ。」という声つづくうちに、 ――幕。
「冬の花火」太宰治(青空文庫)
名文
負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。ほろんだのよ。滅亡しちゃったのよ。
戯曲『冬の花火』の幕開きで、津軽の実家に身を寄せる数枝が父に向かって言う台詞。敗戦を「滅亡」と言い切る強い言葉で劇が始まる。
清蔵さん、あなたもあたしも、いいえ、日本の人全部が、こんな、冬の花火みたいなものだわ。
季節はずれの線香花火を灯しながら数枝が語る台詞。表題の「冬の花火」に、戦後日本のむなしさを重ねた場面である。
原文を読む
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