和紙(東野辺薫)のあらすじ・登場人物
冬の水で紙を漉く村
- 心理
- 家族
- 文字数
- 35,564字
- 読了目安
- 約1時間11分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 福島県
この作品について
福島県安達郡上川崎村(現・二本松市)の紙漉きの村を舞台に、戦時下の農家の暮らしを描いた短篇。1943年(昭和18年)に発表され、第18回芥川賞を受賞した。出征した弟の子を身ごもった娘が兄の友太に連れられて嫁ぐように村へ入り、一家に迎えられる。やがて父の急死、友太の再度の召集と、家は次々に試される。楮を煮て叩き、冬の水で紙を漉く仕事の手順を丹念に書き込みながら、軍需紙を漉く村の気概と、そこに生きる人々のささやかな情愛を静かに描き出す。
あらすじ
福島の山あいにある紙漉きの村、上川崎。長男の友太は、中支へ出征した弟の惣吉に頼まれ、誰にも明かせずにいた秘密を抱えていた。惣吉が郡山の女工としゑとのあいだに子を宿していたのである。友太は覚悟を決めて両親に打ち明け、父の惣次郎は取り乱しながらも彼女を受け入れる。やがて友太に連れられて村へやって来たとしゑは、母のおときや妹たちに囲まれ、紙づくりの手順や村の暮らしを少しずつ覚えていく。ところが三月、惣次郎が急死する。気力を失ったおときだったが、としゑが女の子の勝子を産むと立ち直り、そこへ友太に二度目の召集が来る。友太は近所のユミへの想いを胸にしまい、出征の前夜、漉屋で最後の紙を漉く。母は夏のうちに自分も軍需紙を漉けるようになろうと決意し、女ばかりの家で冬を迎える支度をはじめる。
登場人物
- 友太 喜古家の長男で紙漉きの名手。弟の秘密を一人で引き受け、再度の召集を受ける
- としゑ 郡山の専売局で働いていた女。惣吉の子を宿して喜古家に迎えられる
- 惣吉 友太の異母弟。中支に出征している
- おとき 友太の継母。夫の死後も気丈に家を支える
- 惣次郎 友太の父。炭坑から戻って家を継ぎ、紙漉きで身上を築いた
- よし 友太の妹。出征した繁治と仮祝言をすませている
- ユミ 近所の娘。許婚がいるが友太をひそかに慕う
- 安斎保男 村の旦那で手漉紙工業組合長
冒頭部(原文より)
一 昨夜寝床に入ってからも、あれこれと思いめぐらしてみたのだが、別にこれという嘘言も浮かんでは来なかった。新聞の広告で見た新刊書がどうしても買いたくなったからと、半日をつぶすにしてはいかにも気の利かない口実とは承知でも、ともかくそんなことで町へ出ることにした。まだ細紐だけで炉の火を焚きにかかった母に、起きがけの一服をつけながら友太はさりげなく言い出した。 「……何せ、早く買わねどすぐ売り切れてしまうで……。」 「んだどもや。この頃は何でもそうだ。」
「和紙」東野辺薫(青空文庫)
末尾部(原文より)
二槽目のネリを絞っていると、母屋の方で何か言うユミのこえが聞えてきた。はっとした気持で簀框に手をかけたが、一枚一枚漉いてゆくうちに、やがて我れ知らずいつもの漉き三昧の境に入ってしまって、ふと足音が漉屋の前にとまった時も、友太の心は淵のように静かであった。 「あした行くってのに漉いてんの?」 「んだから漉いてるで。」 ふ、ふ、と例のふくみ笑いをしただけで、そのままじっと立ちつくす気配であったが、しばらくすると、さよならとも何とも言わずに、ユミの草履の音がゆっくりと漉屋の前を遠ざかった。
「和紙」東野辺薫(青空文庫)
原文を読む
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