母の上京(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
焼け跡の息子と母の来訪
- 心理
- 家族
- 文字数
- 16,655字
- 読了目安
- 約33分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1947年(昭和22年)1月、雑誌「人間」に発表された坂口安吾の短編。敗戦後の焼け跡で闇屋をして暮らす夏川が、故郷から突然上京した母から逃げ回る一夜を、同じ下宿に住む女形くずれの青年ヒロシ、オコノミ焼の母と娘との関係を絡めて描く。堕ちた暮らしの中でも消えない母への恐れと切なさが、滑稽さを交えて語られる。
あらすじ
敗戦後、夏川は故郷との連絡を断っていた。ある夕方、帰ってくると、同じ家に住むヒロシが、母が来て部屋で待っていると報せる。ヒロシは歌舞伎の下っ端だった女形で、心は女であり、夏川に純情を寄せている。夏川は会社の解散後に闇屋になり、焼け跡の二階の一室に、オコノミ焼の母と娘、そしてヒロシと同居した。娘は十八の闇の女で、母に手を出さないで、と釘を刺していたが、夏川はついに五十近い母と関係を持ってしまう。ヒロシは夏川を移そうと企てる。夏川は母に会うのが怖く、酒を飲んで浮浪児気取りで街をさまよう。追いはぎに服を取られて裸で目を覚まし、ヒロシも裸で並んで座っていた。二人は裸のまま帰宅し、障子に母の影が見える。夏川はなぜか急にヒロシを抱き上げ、悲鳴を上げるヒロシを抱えたまま「いらっしゃい」と母に挨拶する。蹴られた痛みで平伏し、自然に親不孝を詫びる形になる。
登場人物
- 夏川 四十歳の闇屋。故郷の妻子と母と連絡を絶っている
- ヒロシ 歌舞伎の下っ端だった青年。心は女で、夏川を慕う
- オコノミ焼の主婦 夏川と関係を持つ五十近い女
- 娘 十八歳の闇の女。母に近づかないよう夏川に頼む
冒頭部(原文より)
母親の執念はすさまじいものだと夏川は思つた。敗戦のどさくさ以来、夏川はわざと故郷との音信を断つてゐる。故郷の知り人に会ふこともなく、親しい人にも今の住所はなるべく明さぬやうにしてゐるのだが、どういふ風の便りを嗅ぎわけて、母がたうとう自分の住居を突きとめたのだか、母の一念を考へて、ゾッとするほどの気持であつた。
「母の上京」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
するとそれを合図のやうに、再びヒロシがキャアーッといふはりさける悲鳴をあげたものだ。そして、両足を勢いつぱいバタバタふつた。運わるくその片足の膝小僧が夏川の睾丸をしたゝか蹴りつけたから、たまらない。夏川はヒロシを担いだままフラ/\/\と坐る姿にくづれて、劇痛のため平伏してしまつたのである。痛さも痛いが、これはちやうど都合のよろしい姿勢であると、ついでに心の中で久闊をのべた。かうして、彼はともかく重なる親不孝を自然に詫びることができたのである。
「母の上京」坂口安吾(青空文庫)
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