父(太宰治)のあらすじ・登場人物
義のために遊ぶ父の自責
- 家族
- 心理
- 文字数
- 7,298字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1947年(昭和22年)4月、雑誌「人間」に発表された短編。冒頭に旧約聖書のアブラハムの話を引き、「義のために子を犠牲にする」ことの哀しさを導入として、酒と遊びで家計を食いつぶし、家庭に居たたまれず外へ出る作家の姿を、自責を交えて描く。妻子を思いながらも放蕩をやめられない父の、「義」という言葉に託した苦しい弁明が胸に残る。
あらすじ
旧約のアブラハムによるイサクの献供や、活動写真で見た佐倉宗吾郎の子別れの場を引きつつ、「私」は、義のために子を捨てる哀しさと、自分の放埒を重ねる。作家の私は稼ぎを酒と浮気に浪費し、妻は病身で子を宿しながら、配給の米を取りに行かねばならない。正月、米の配給の日は家にいると約束しておきながら、おでん屋の女中が「前田さん」の来訪を知らせると、私は二重廻しを羽織って家を出てしまう。前田さんは四十を越えた痩せた女で、酒を飲まず「遊びのプレイ」を求める。気が乗らないまま歩いていると、白いマスクをかけて配給の列に並ぶ妻と、父に気づいた幼い娘を見つけ、私は息が止まる思いをする。妻は何気ない様子で、娘の顔を袖で覆った。それでも私は女のアパートまでついていき、地獄だと思いながら酒と牛鍋に居座る。「義とは、……ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似ている」と思う。
登場人物
- 私 酒と放蕩に溺れる三十九歳の作家
- 妻 病身で子を宿しながら、子を背負って配給に並ぶ
- 前田さん 四十を越えた痩せた女。元新聞社勤務と語る
- 長女 五歳ほどの娘。母の真似をして白いマスクをつける
冒頭部(原文より)
義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。信仰の祖といわれているアブラハムが、その信仰の義のために、わが子を殺そうとした事は、旧約の創世記に録されていて有名である。
「父」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
義。 義とは? その解明は出来ないけれども、しかし、アブラハムは、ひとりごを殺さんとし、宗吾郎は子わかれの場を演じ、私は意地になって地獄にはまり込まなければならぬ、その義とは、義とは、ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似ている。
「父」太宰治(青空文庫)
名文
義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。
太宰『父』の書き出し。アブラハムがイサクを献げようとした創世記の話から、家庭を顧みない「義」と父親であることの苦さへ筆を進める。
その義とは、義とは、ああやりきれない男性の、哀しい弱点に似ている。
『父』の結び。説明しきれない「義」のために地獄へはまり込んでいく自分を、哀しい弱点と言い当てる太宰らしい自嘲である。
原文を読む
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