おさん(太宰治)のあらすじ・登場人物
夫の背を見送る妻のひとり語り
- 家族
- 心理
- 文字数
- 10,343字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
太宰治が1947年(昭和22年)10月の「改造」に発表した短編小説。終戦から間もない東京郊外の借家で、三人の子を育てる妻が、外泊を重ねて上の空になってゆく夫との日々を語る。空襲で家が半壊し、妻子は青森へ疎開して夫だけが東京に残った戦中の経緯から、戦後の貧しい暮らしまでが、妻の独白でたどられる。太宰が晩年によく用いた女性の一人語りの形で書かれ、夫の弱さを責めずに見つめようとする妻の声が、やさしさと皮肉の入りまじった言葉で続いていく。新潮文庫『ヴィヨンの妻』にも収められている。
あらすじ
お盆の夕暮れ、「私」は台所で後片づけをしながら、魂の抜けた人のように玄関を出てゆく夫の後ろ姿を見送る。夫は神田の雑誌社に十年近く勤め、八年前に見合いで「私」と結婚した。戦争中、近所の飛行機工場をねらった爆弾で家が半壊すると、「私」は子どもたちを連れて青森の実家へ疎開し、夫は一人東京に残った。戦後、家族はふたたびこの郊外の家で暮らしはじめたが、夫は以前と変わってしまい、外泊を重ね、家にいても妻の顔色をうかがって気弱に笑う。「私」は夫に好きな人ができたのだと察しながら、問いつめることも泣くこともせず、夫の気持ちを軽くしてやれば自分の気持ちも軽くなるのだと考えて、冗談を言い、明るくふるまおうと努める。夫も、君は本当にいい人だ、大事に思っていると口にするが、その苦しげな顔は晴れない。ある朝、夫は信州の温泉へ行くと言い出し、雨がやむのを待って逃げるように出かけていった。三日後、新聞に諏訪湖での心中の記事が小さく載る。届いた手紙には、ジャーナリストとしての自己嫌悪から革命家の十字架にのぼるのだと書かれていた。相手は以前の勤め先の女記者だった。三人の子を連れて諏訪へ夫の亡骸を引き取りに行く汽車のなかで、「私」は悲しみや怒りよりも、あまりの馬鹿馬鹿しさに身悶えする。
登場人物
- 私 語り手。三人の子を育てる主婦。夫の苦しみを察しながら明るくふるまおうとする
- 夫 神田の雑誌社に勤めていた男。戦後、気力を失ったように外泊を重ねる
- マサ子 七つになる長女。父を慕い、毎晩父と並んで寝る
冒頭部(原文より)
一 たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます。私はお勝手で夕食の後仕末をしながら、すっとその気配を背中に感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴衣に細い兵古帯をぐるぐる巻きにして、夏の夕闇に浮いてふわふわ、ほとんど幽霊のような、とてもこの世に生きているものではないような、情無い悲しいうしろ姿を見せて歩いて行きます。
「おさん」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
気の持ち方を、軽くくるりと変えるのが真の革命で、それさえ出来たら、何のむずかしい問題もない筈です。自分の妻に対する気持一つ変える事が出来ず、革命の十字架もすさまじいと、三人の子供を連れて、夫の死骸を引取りに諏訪へ行く汽車の中で、悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿々々しさに身悶えしました。
「おさん」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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