珊瑚集(永井荷風)のあらすじ・登場人物
荷風が訳した仏蘭西の詩
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この作品について
永井荷風が大正2年(1913年)に刊行した訳詩集。「仏蘭西近代抒情詩選」の副題どおり、ボードレール、ヴェルレーヌ、レニエ、サマン、マラルメらフランス近代詩から選んだ三十八編を収める。アメリカ・フランス滞在から帰った荷風が、明治42年ごろから諸誌に少しずつ発表してきた訳を一冊にまとめたもので、上田敏「海潮音」の華麗な七五調とは対照的に、句読を切り詰めた沈鬱で散文的な調子を採った。荷風自身の小説の文体とも響き合い、日本の象徴詩受容にもう一つの流れを開いた訳詩集である。
あらすじ
巻頭に置かれるのはボードレール「死のよろこび」——蝸牛の匍う泥土に自ら底知れぬ穴を掘り、遺書を厭み墳墓を憎み、鴉と蛆虫を招いて腐りゆく肉に問わせる、という激烈な一編である。続く「憂悶」では、大空が蓋のように垂れ下がり、雨の糸が牢獄の格子となり、沈黙の蜘蛛が脳髄に網をかけるなかで、鐘が亡魂のように叫び、黒い旗を立てた「苦悩」が項垂れた首の上を通り過ぎる。「暗黒」「仇敵」と、荷風が選んだ詩はいずれも憂鬱と倦怠、滅びの美へと傾いている。ボードレールのほかに収められるのは、ヴェルレーヌ、アンリ・ド・レニエ、アルベール・サマン、マラルメ、ヴェルハーレン、ボードレールに連なる世紀末の詩人たち。夕暮れ、廃園、噴水、秋の光、遠い海——輪郭のぼやけた風景のなかに、失われたものへの追憶と官能とが沈められてゆく。荷風の訳語は漢語と和語を硬く組み合わせ、詠嘆を抑えて言葉を並べ置くため、原詩の音楽よりもむしろ image の連なりが前へ出る。巻末に置かれた長詩は、「奢侈」を主題として、硫黄の湖水、殉教者の涙、悪魔の王が祈願を凝らす闇の塔といった幻像を次々に畳みかけ、「世界の最後。天体回転の終局なる『奢侈』」「堕落の聖女。地獄の NOTRE-DAME」と呼びかけて、「現世の不朽不死なる妃にも譬ふべき此の『奢侈』」と結ばれる。この一冊に流れる西欧の頽唐への憧れは、のちの「珊瑚集」以後の荷風の散文にも消えることなく残った。
冒頭部(原文より)
死のよろこび シヤアル・ボオドレヱル 蝸牛匍ひまはる泥土に、 われ手づからに底知れぬ穴を掘らん。 安らかにやがてわれ老いさらぼひし骨を埋め、 水底に鱶の沈む如忘却の淵に眠るべし。 われ遺書を厭み墳墓をにくむ。 死して徒に人の涙を請はんより、 生きながらにして吾寧ろ鴉をまねぎ、 汚れたる脊髄の端々をついばましめん。
「珊瑚集」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
渾然を望む痙攣。絶対の中なる饗宴。 世界の最後。天体回転の終局なる「奢侈」。 哀願慈悲の聖女。黄金の血の聖女。 貪慾無情の聖女。永久に聖なる聖女。 火焔の都。忘却の魔薬。黒鉄の錐。 堕落の聖女。地獄の NOTRE-DAME. かくぞ譬へん。幽遠神秘の「奢侈」。あゝ偉なる哉。 現世の不朽不死なる妃にも譬ふべき此の「奢侈」。
「珊瑚集」永井荷風(青空文庫)
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