病院横町の殺人犯(ポー)のあらすじ・登場人物
鴎外が訳したモルグ街
- ミステリ
- 翻訳
- 文字数
- 30,461字
- 読了目安
- 約1時間1分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
森鴎外が訳したポー「モルグ街の殺人」。世界最初の推理小説とされるこの一編を、鴎外は大正2年(1913年)6月の「新小説」に載せた。冒頭の分析論をまるごと削ったうえ、末尾で「原文で六ペエジ以上もある論文のやうな文章を、新小説の読者に読ませたら、途中で驚いて跡を読まずに止めるだらう」と平然と断り、当時の批評家が使いはじめた「高等探偵小説」という呼び名を皮肉ってみせる訳者附記まで付いている。名探偵デュパンを日本語で読ませた初期の一例であり、鴎外の翻訳態度がよく見える一編でもある。
あらすじ
パリに滞在していた「己」は、モンマルトル町の小さな本屋で偶然オオギユスト・ドユパンと知り合う。良家の生まれながら没落し、書物を買う以外の贅沢をしない男で、その博覧と豊富な空想に惹かれた「己」は、フオオブウル・サン・ジエルマンの片隅にある荒れた家を借りて同居することになる。二人は誰も寄せつけず、昼は雨戸を閉ざして夜だけ町へ出るという奇妙な生活を送っていた。ある日、新聞が病院横町(モルグ街)の惨劇を報じる。四階の一室で、レスパナエエ夫人と娘の二人が殺された。娘は煙筒の中へ逆さに押し込まれ、母親は裏庭で首がほとんど切り離された姿で見つかる。部屋は内側から錠が下り、窓も閉ざされ、多額の金貨は手つかずのまま。駆けつけた人々は階段で二つの荒々しい声を聞いていたが、その一方が何語であったかについては、フランス人もオランダ人もイギリス人もスペイン人も、めいめい「自分の知らない外国語だった」と証言して食い違う。やがて無実の銀行員ルボンが逮捕されると、ドユパンは警視総監に嘲りを覚えながら自ら現場へ乗り込む。彼が着目したのは、誰もが不可能と決めてかかった脱出経路と、証言の不一致そのものだった。釘の折れた窓、避雷針と鎧戸、そして被害者の喉に残された握り跡と、指のあいだから見つかった一房の粗い毛——それらは人間の手のものではありえない。ドユパンは新聞に猩々(オランウータン)を保護しているという広告を出し、名乗り出た水夫の口から真相を引き出す。事件の顛末を書き取って警視庁へ届けたことでルボンは放免された。屈伏しながらも不平を隠さぬ総監について、ドユパンは「あれは狡猾なだけで、深く物を考へる性ではない」と言い放つ。
登場人物
- オオギユスト・ドユパン 推理によって事件を解く没落貴族の青年
- 己 ドユパンと同居する語り手
- レスパナエエ夫人 病院横町の四階で殺された老婦
- カミイユ・レスパナエエ その娘。煙筒に押し込まれて見つかる
- ルボン 無実の罪で捕らえられる銀行員
- 水夫 猩々の持ち主として名乗り出る男
冒頭部(原文より)
千八百〇十〇年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云ふ人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。然るに度々不運な目に逢つて、ひどく貧乏になつた。その為めに意志が全く挫けてしまつて、自分で努力して生計の恢復を謀らうともしなくなつた。幸に債権者共が好意で父の遺産の一部を残して置いてくれたので、この男はその利足でけちな暮しをしてゐる。贅沢と云つては書物を買つて読む位のものである。
「病院横町の殺人犯」ポー(青空文庫)
末尾部(原文より)
猩々は後に水夫の手に戻つて、水夫はそれをジヤルダン・デ・プラントへ高い値段に売つた。 それより前に、ドユパンが水夫の話を書き取つて、それに説明書を添へて、警視庁へ出したので、ルボンは放免せられた。警視総監はドユパンに屈伏しながら、心中不平に堪へないので、人間は職分外の事に手を出すのは好くないなどとつぶやいてゐた。併しドユパンはそれに構はずに、こんな事を言つてゐた。「なんとでも勝手に云ふが好い。あれは自分が捜索を為遂げなかつたので、自分で自分に分疏をしてゐるのだ。併し兎に角己はあの男の繩張内の為事で、あの男に勝つて遣つた。どうもあの男にあの謎が解けなかつたのは無理もない。あれは狡猾なだけで、深く物を考へる性ではないからだ。」
「病院横町の殺人犯」ポー(青空文庫)
原文を読む
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