黒猫(ポー)のあらすじ・登場人物
私を破滅させた黒猫
- 怪奇
- 翻訳
- 文字数
- 9,993字
- 読了目安
- 約20分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
エドガー・アラン・ポーが1843年に発表した恐怖小説「The Black Cat」を、戦前のポー翻訳で知られる佐々木直次郎が訳した一編(第一書房『エドガア・アラン・ポオ小説全集』所収)。死刑を明日に控えた「私」が、酒におぼれて変わり果てた自分と、可愛がっていた黒猫への理由なき悪意を、淡々と告白する。人が「してはならぬと知るがゆえに悪をなす」天邪鬼(へそまがり)の心を主題に据えた、ポーの怪奇短編を代表する一作である。
あらすじ
子供のころから動物を愛し、穏やかで情け深い性質だった「私」は、気の合う妻とともに多くの生きものを飼い、なかでも大きな賢い黒猫プルートオを何より可愛がっていた。ところが年を追うごとに酒におぼれ、性質は荒れて短気になり、妻にも動物にも乱暴を働くようになる。ある夜、泥酔して帰った「私」は、自分を避けた猫に逆上してその片目をペンナイフでえぐり出す。傷の癒えた猫が自分を恐れて逃げるのを見ると、今度は「してはいけないと知っているがゆえに」という天邪鬼の心に駆られ、ある朝ついに猫を木の枝に吊るして殺してしまう。その夜、火事で家は全焼し、ただ一枚だけ焼け残った壁に、首を吊った猫の姿が浮き上がっていた。後日、酒場で「私」は、プルートオそっくりの、胸に白い斑のある片目の黒猫を見つけて連れ帰る。妻はその猫をいたわるが、「私」は次第にそれを忌み嫌い、胸の白斑が絞首台の形に見えてくるにつれ恐怖と憎悪をつのらせる。ある日、地下室へおりた「私」は足にまとわりつく猫につまずいて逆上し、斧を振り上げる。止めようとした妻を、とっさにその斧で打ち殺してしまう。「私」は死体を地下室の煉瓦壁の中に塗りこめて隠し、猫も姿を消して数日は安らかに眠る。四日目、警官が家宅捜索に訪れるが何も見つからない。勝ち誇った「私」が、妻を塗りこめた壁を杖で強く叩くと——壁の内から、この世のものとも思えぬ叫び声が返ってきた。人々が壁を崩すと、腐乱した死体の頭の上に、赤い口を開き片目を光らせたあの黒猫が坐っていた。私は猫もろとも妻を塗りこめていたのだった。
登場人物
- 私 動物好きで穏やかだったが、酒におぼれて妻と猫に手をかける語り手
- プルートオ 「私」が可愛がった大きな黒猫。片目をえぐられ、絞め殺される
- 二匹目の黒猫 プルートオに似た、胸に白い斑のある片目の猫
- 妻 気立てのよい連れ合い。凶行を止めようとして命を落とす
冒頭部(原文より)
私がこれから書こうとしているきわめて奇怪な、またきわめて素朴な物語については、自分はそれを信じてもらえるとも思わないし、そう願いもしない。自分の感覚でさえが自分の経験したことを信じないような場合に、他人に信じてもらおうなどと期待するのは、ほんとに正気の沙汰とは言えないと思う。だが、私は正気を失っている訳ではなく、――また決して夢みているのでもない。しかしあす私は死ぬべき身だ。で、今日のうちに自分の魂の重荷をおろしておきたいのだ。私の第一の目的は、一連の単なる家庭の出来事を、はっきりと、簡潔に、注釈ぬきで、世の人々に示すことである。それらの出来事は、その結果として、私を恐れさせ――苦しめ――そして破滅させた。だが私はそれをくどくどと説明しようとは思わない。私にはそれはただもう恐怖だけを感じさせた。――多くの人々には恐ろしいというよりも怪奇なものに見えるであろう。今後、あるいは、誰か知者があらわれてきて、私の幻想を単なる平凡なことにしてしまうかもしれぬ。――誰か私などよりももっと冷静な、もっと論理的な、もっとずっと興奮しやすくない知性人が、私が畏怖をもって述べる事がらのなかに、ごく自然な原因結果の普通の連続以上のものを認めないようになるであろう。
「黒猫」ポー(青空文庫)
末尾部(原文より)
私自身の気持は語るも愚かである。気が遠くなって、私は反対の側の壁へとよろめいた。一瞬間、階段の上にいた一行は、極度の恐怖と畏懼とのために、じっと立ち止った。次の瞬間には、幾本かの逞しい腕が壁をせっせとくずしていた。壁はそっくり落ちた。もうひどく腐爛して血魂が固まりついている死骸が、そこにいた人々の眼前にすっくと立った。その頭の上に、赤い口を大きくあけ、爛々たる片眼を光らせて、あのいまわしい獣が坐っていた。そいつの奸策が私をおびきこんで人殺しをさせ、そいつのたてた声が私を絞刑吏に引渡したのだ。その怪物を私はその墓のなかへ塗りこめておいたのだった!
「黒猫」ポー(青空文庫)
名文
してはいけないという、ただそれだけの理由で、自分が邪悪な、あるいは愚かな行為をしていることに、人はどんなにかしばしば気づいたことであろう。
語り手が自らの破滅の原因として「天邪鬼」の心を論じる一節。してはいけないからこそしてしまうという人間の衝動を言い当て、ポーの心理的恐怖の核心を示す。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。