妖物(ビアス)のあらすじ・登場人物
燕麦の野で起きた怪死
- 怪奇
- 翻訳
- 文字数
- 8,733字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
アメリカの作家アンブローズ・ビアスが1893年に発表した短編「The Damned Thing」を、岡本綺堂が「妖物」の題で訳し、『世界怪談名作集』に収めたもの。山あいの小屋で開かれた検屍審問の席で、死んだ男とともにいた新聞記者が、猟に出た朝の出来事を証言する。審問の場面、記者の手記、死者の日記と語りの形を切り替えながら事件に迫る構成をとる。綺堂は記者の手記の部分を文語体で訳し分けており、文体の違いがそのまま場面の転換になっている。正体の知れないものの恐怖を描いた怪奇小説の古典として、たびたび紹介されてきた。
あらすじ
山あいの小屋で、テーブルに横たわるヒュウ・モルガンの死体を前に、検屍審問が開かれている。証人の新聞記者ウィリアム・ハーカーは、新聞社に送った手記を読み上げる形で証言する。鶉撃ちに出た朝、二人の前で、風もないのに燕麦の野がざわめき、何かが近づいてきた。おびえたモルガンが散弾を撃ち込むと、獣のような叫びが上がり、ハーカーは見えない何かに突き倒される。目を上げると、モルガンは見えない相手と組み合うように身もだえし、やがて倒れて息絶えていた。草の揺れはまっすぐに森へと去っていった。陪審員たちはハーカーの話を信じず、マウンテン・ライオンに殺されたものとする評決を下す。検屍官が証拠として示さなかったモルガンの日記には、犬が何もない一点に吠えること、夜空の星が何かにさえぎられて消えたこと、見張っても残る新しい足跡のことが記されていた。人間の耳に聞こえない音があるように、人間の目に見えない色もある。あの妖物はそういう色をしているのだ、とモルガンは書き残していた。
登場人物
- ヒュウ・モルガン 山中の小屋に住む男。猟の最中に変死する
- ウィリアム・ハーカー モルガンを訪ねていた新聞記者。事件の証人
- 検屍官 小屋で審問を開く
- 陪審員たち 近所の農夫や樵夫
冒頭部(原文より)
粗木のテーブルの片隅に置かれてあるあぶら蝋燭の光りを頼りに、一人の男が書物に何か書いてあるのを読んでいた。それはひどく摺り切れた古い計算帳で、その男は燈火によく照らして視るために、時どきにそのページを蝋燭の側へ近寄せるので、火をさえぎる書物の影が部屋の半分をおぼろにして、そこにいる幾人かの顔や形を暗くした。書物を読んでいる男のほかに、そこには八人の男がいるのである。 そのうちの七人は動かず、物言わず、あらけずりの丸太の壁にむかって腰をかけていたが、部屋が狭いので、どの人もテーブルから遠く離れていなかった。かれらが手を伸ばせば八人目の男のからだに触れることが出来るのである。その男というのは、顔を仰向けて、半身を敷布におおわれて、両腕をからだのそばに伸ばして、テーブルの上に横たわっていた。彼は死んでいるのである。
「妖物」ビアス(青空文庫)
末尾部(原文より)
音響とおなじことで、物の色もやはりそうだ。化学者には太陽のひかりの各端に化学線というものの存在を見いだすことが出来る。その線は種じゅの色をあらわすもので、光線の成分にしたがって完全な色を見せるのだそうだが、われわれにはそれを区別することが出来ない。人間の眼は耳とおなじように不完全な機械で、その眼のとどく程度はただわずかに染色性の一部に限られているのだ。おれは気が違っているのではない、そこには俺たちの眼にもみえない種じゅの色があるのだ。 そこで、たしかにでない、あの妖物はそんなたぐいの色であった!
「妖物」ビアス(青空文庫)
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