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北極星号の船長(コナン・ドイル)のあらすじ・登場人物

氷原に響く泣き声

  • 怪奇
  • 翻訳

コナン・ドイル 訳者 岡本綺堂 1929年(昭和4年)

文字数
26,491字
読了目安
約53分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

北緯八十度を越える北極海で、季節外れまで漁を続けた捕鯨船北極星号が氷に閉ざされる。乗り組んだ医学生がつづる航海日誌という形で、底の知れない船長の人柄と、船員たちを怯えさせる氷原の怪異が語られる短編である。ドイルが1883年1月に雑誌『テンプル・バー』に発表した作品で、医学生時代に捕鯨船の船医として北極海へ渡った体験が下地にあり、のちに短編集『北極星号の船長』(1890年)の表題作となった。日付ごとに記される緯度や食糧の残りといった具体的な記録が、極地の静けさと不安を際立たせる。岡本綺堂が編訳した『世界怪談名作集』に収められた。

あらすじ

医学生ジョン・マリスターレーは、船医として捕鯨船北極星号に乗り組み、航海日誌をつけている。九月、船は北極海の氷原に閉ざされ、帰路の水路も凍りはじめるが、クレーグ船長は鯨を追ってとどまり続ける。船長は勇敢で博識な一方、眠れずに夜中うなされ、恐れの色を目に宿した謎の人物で、死を求めて危険な職に就いているとも噂されていた。船員たちは、船のあとを追って泣き叫ぶ声を聞き、氷の上を白く背の高いものが動くのを見たと言い、船に何かが取り憑いていると怯える。ある夕方、船長は氷丘のあいだに女の姿が見えると叫び、それを追おうとして倒れる。マリスターレーは船長の部屋で、若い女性の水彩の肖像画を目にする。やがて彼自身も、氷の上から響く、悲哀と熱望のこもった女の叫び声を聞く。氷が開けて脱出の見込みが立ったころ、船長は彼に遺品の処分を託し、その夜、月明かりの氷原に漂う霧のようなものを見て「やって来るよ、あの娘が」と叫び、船から飛び降りて闇の中へ駆け去った。捜索の末、氷原の端で見つかった船長の遺体は、両手を差し伸べ、微笑みを浮かべていた。水夫たちの目には、舞い上がった雪が女の形をとって遺体に口づけし、飛び去ったように見えたという。船長を水葬したあと、部屋の肖像画は枠から切り取られて消えていた。日誌に付された父親の注記によれば、船長はかつてコーンウォールの若い婦人と婚約していたが、彼の航海中にその婦人は恐ろしい出来事がもとで亡くなっていたのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 九月十一日、北緯八十一度四十分、東経二度。依然、われわれは壮大な氷原の真っただ中に停船す。われわれの北方に拡がっている一氷原に、われわれは氷錨をおろしているのであるが、この氷原たるや、実にわが英国の一郡にも相当するほどのものである。左右一面に氷の面が地平の遙か彼方まで果てしなく展がっている。けさ運転士は南方に氷塊の徴候のあることを報じた。もしこれがわれわれの帰還を妨害するに十分なる厚さを形成するならば、われわれは全く危険の地位にあるというべきで、聞くところによれば、糧食は既にやや不足を来たしているというのである。時あたかも季節の終わりで、長い夜が再びあらわれ始めて来た。けさ、前檣下桁の真上にまたまた星を見た。これは五月の初め以来最初のことである。  船員ちゅうには著るしく不満の色がみなぎっている。かれらの多くは鯡の漁猟期に間に合うように帰国したいと、しきりに望んでいるのである。この漁猟期には、スコットランドの海岸地方では、労働賃金が高率を唱えるを例とする。しかし、かれらはその不満をただ不機嫌な容貌と、恐ろしい見幕とで表わすばかりである。

「北極星号の船長」コナン・ドイル(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私はもうこの日記をやめにしよう。われわれの帰路は平穏無事であり、大氷原もやがては単に過去の思い出となるであろう。少し経てば、私はこの事件によって受けた衝動に打ち克つことが出来よう。この航海日誌をつけ始めたとき、私はそれを終わりまで書かなければならないとは考えていなかった。私は人のいない船室でこれを書いている。今もなお時どきにびくりとしたり、または頭の上の甲板に死んだ人の神経的な速い跫音を聞くように思ったりして――。  私は今晩、かねて私の義務であったので、公正証書のために彼の動産表を作ろうと思って、船長室へはいってみると、すべての物は以前にはいった時と少しも変わっていなかった。ただ、かの婦人の水彩画だけが――これは船長の寝床のはしにかけられていたと言ったが――ナイフのようなものでその枠から切り取られて、ゆくえ知れずになっていた。これを不思議な証跡の連鎖となるべき最後のものとして、私は「北極星号」のこの航海日誌の筆を擱く。

「北極星号の船長」コナン・ドイル(青空文庫)

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