白銀の失踪(コナン・ドイル)のあらすじ・登場人物
消えた名馬と荒野の死体
- ミステリ
- 翻訳
- 文字数
- 24,370字
- 読了目安
- 約49分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ダートムアの調馬場から、大レースを目前にした本命馬が姿を消し、調馬師が荒野で死体となって見つかる。全英の噂となったこの事件に、ホームズがワトソンを伴って乗り出す一篇である。原題は「Silver Blaze」で、1892年12月に『ストランド・マガジン』に発表され、短編集『シャーロック・ホームズの思い出』の巻頭に置かれた。作者が気に入っていた作品の一つとされ、警部との問答で犬について語られるホームズの謎めいた一言は、英語圏で広く引用される。汽車の速度を電柱の間隔から割り出す冒頭の場面や、賭け率の揺れ動く競馬場の熱気など、ヴィクトリア朝の風物も読みどころ。三上於菟吉の訳で、平凡社「世界探偵小説全集」の『シヤーロツク・ホームズの記憶』(1930年)に収められた。
あらすじ
ウェセックス賞杯の本命馬「白銀」が、ダートムアのキングス・パイランド厩舎から姿を消し、調馬師ジョン・ストレーカが荒野の窪みで頭を砕かれて死んでいた。前夜、厩舎の番をしていた若者ハンタは夕食の羊のカレー料理に阿片を盛られて眠りこみ、その直前には賭けの胴元フィツロイ・シムソンが厩舎のまわりをうろついていた。死体の手にはシムソンの襟飾が握られており、グレゴリ警部は彼を逮捕する。現地に着いたホームズは、死体のポケットにあった白内障用の細いメスや婦人服の勘定書に目を留め、ワトソンと荒野を歩いて馬の足跡をたどる。足跡は近くのケープルトン調馬場へ続いており、ホームズは調馬師サイラス・ブラウンを問い詰めて、馬を隠していることを白状させるが、そのことを馬主のロス大佐には告げずにロンドンへ帰ってしまう。去り際、ホームズは厩舎の羊が三頭だけ跛になったことを確かめ、警部には「あの晩の犬の不思議な行動」に注意するよう言い残す。四日後の競馬当日、額の白くない栗毛の馬がロス大佐の色の騎手を乗せて走り、六馬身差で勝つ。ホームズは顔と脚を洗えば白銀だと明かし、さらにストレーカを殺したのはこの馬だと告げる。帰りの汽車での説明によれば、阿片の味を消すカレーを献立にできたのはストレーカの家の者だけで、夜中に馬を連れ出しても犬が吠えなかったのは顔見知りの仕業だったからだった。借金を抱えたストレーカは、ダービシャという偽名で贅沢な女を囲っており、レースで儲けるために白銀の脚の腱をメスでひそかに傷つけようとして荒野へ連れ出し、マッチの光に驚いた馬に額を蹴られて死んだのである。羊はその手術の練習台だった。
登場人物
- シャーロック・ホームズ 新聞の報道を分析したうえでダートムアへ向かう名探偵
- ワトソン 語り手。ホームズに同行する
- ロス大佐 白銀の馬主。ホームズの調べ方に不満を抱く
- グレゴリ警部 事件を担当する警部。有能だが想像力に欠ける
- ジョン・ストレーカ キングス・パイランドの調馬師。荒野で死体となって見つかる
- フィツロイ・シムソン 賭けの胴元。厩舎をうろついて疑いをかけられる
- サイラス・ブラウン 対抗馬デスボロを預かるケープルトンの調馬師
- ネッド・ハンタ 事件の夜、薬で眠らされた厩番
冒頭部(原文より)
「ワトソン君、僕は行かなきゃならないんだがね」 ある朝、一緒に食事をしている時にホームズがいった。 「行くってどこへ?」 「ダートムアだ――キングス・パイランドだ」 私は格別おどろきもしなかった。事実、私は、今全イングランドの噂の種になっているこの驚くべき事件に、ホームズが関係しないということをむしろ不思議にさえ思っていたのである。前の日、ホームズは終日眉根をよせた顔を首垂れて、強い黒煙草をパイプにつめかえつめかえ部屋の中を歩き廻ってばかりいて、私が何を話しかけても何を訊ねても石のように黙りこくっていた。あらゆる新聞の新らしい版が出るごとに、いちいち配達所から届けられたが、それすらちょっと眼を通すだけですぐに部屋の隅へ投げすてた。しかも、彼が一言も口をきかないにも拘らず、彼の頭脳の中で考えられていることは、私にはよく分っていた。いま彼の推理力と太刀打ちの出来る問題といえばただ一つ、ウェセックス賞杯争覇戦出場の名馬の奇怪なる失踪と、その調馬師の惨殺された事件があるのみだ。だから彼が突然、その悲劇の現場へ行くといい出したことは、私にとっては予期していたことでありまた希望していたことでもあったのだ。
「白銀の失踪」コナン・ドイル(青空文庫)
末尾部(原文より)
「これで何もかも完全に判明しました」 「ロンドンへ帰ってから帽飾店へ行ってみますと、ストレーカはダービシャといって、特に高価な服の好きな、見栄坊の妻を持ったその店の上客だということが分りました。この女がストレーカを借財で首のまわらぬまでにし、遂にこの悲惨な結果に終った陰謀を企ませたことは申すまでもありません」 「すっかり分りましたが、一つだけまだお話し下さらないことがあります。馬はいったいどこにいたのですか?」 「馬ですか、馬は逸走してしまって、あの附近のある人の保護を受けていたのです。その辺のことは大目に見ておかなければなりますまい。ああ、ここはどうやらクラパムの乗換駅ですね? ヴィクトリア・ステーションまではもう十分とかかりません。大佐、私のところへお寄り下すって、葉巻でもおやりになりませんか? この他に何かお訊ねになりたいことでもありましたら、何んなりと喜んでお答えいたします」
「白銀の失踪」コナン・ドイル(青空文庫)
原文を読む
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