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信号手(ディケンズ)のあらすじ・登場人物

切り通しの底の幽霊

  • 怪奇
  • 翻訳

ディケンズ 訳者 岡本綺堂 1929年(昭和4年)

文字数
12,847字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

イギリスの文豪ディケンズが1866年に発表した怪談「The Signal-Man」を、怪談の名手として知られる岡本綺堂が訳した一編。『世界怪談名作集』に収められた。鉄道の深い切り通しの底で働く信号手と、彼につきまとう幽霊をめぐる、静かな恐怖の古典である。

あらすじ

旅の途中の「私」は、深い切り通しの底にある信号所に立つ男に、崖の上から「おぅい、下にいる人!」と呼びかける。男はなぜか、声のした方を見上げようとしない。階段を降りて話しかけると、男は「私」を、誰か別の者と見間違えていたような様子を見せた。やがて打ち解けた信号手は、胸にしまっていた奇怪な出来事を語りはじめる。トンネルの入口の赤い灯のそばに、片腕で顔を覆い、もう一方の腕を激しく振る幽霊が現れる。それが現れるたびに、重大な事故が起こるのだという。そして幽霊は、また彼の前に姿を見せたのだった。「私」は彼を案じ、翌日の再訪を約束して別れる。しかし翌日、約束の信号所へ向かった「私」が目にしたのは、人々が集まって騒ぐ線路の脇だった。信号手は列車にひかれて亡くなっていた。機関手が叫んだ警告の言葉と身振りは、あの幽霊の振る舞いと、そして「私」が最初に呼びかけた言葉と、まったく同じものだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

「おぅい、下にいる人!」  わたしがこう呼んだ声を聞いたとき、信号手は短い棒に巻いた旗を持ったままで、あたかも信号所の小屋の前に立っていた。この土地の勝手を知っていれば、この声のきこえた方角を聞き誤まりそうにも思えないのであるが、彼は自分の頭のすぐ上の嶮しい断崖の上に立っている私を見あげもせずに、あたりを見まわして更に線路の上を見おろしていた。  その振り向いた様子が、どういう訳であるか知らないが少しく変わっていた。

「信号手」ディケンズ(青空文庫)

末尾部(原文より)

「なんと言って呼んだのです」 「下にいる人! 見ろ、見ろ。どうぞ退いてくれ。……と、言いました」  私はぎょっとした。 「実にどうも忌でしたよ。私はつづけて呼びました。もう見ているのがたまらないので、私は自分の片腕を眼にあてて、片手を最後まで振っていたのですが、やっぱり駄目でした」  この物語の不思議な事情を詳細に説明するのはさておいて、終わりに臨んで私が指摘したいのは、不幸なる信号手が自分をおびやかすものとして、私に話して聞かせた言葉ばかりでなく、わたし自身が「下にいる人!」と彼を呼んだ言葉や、彼が真似てみせた手振りや、それらがすべて、かの機関手の警告の言葉と動作とに暗合しているということである。

「信号手」ディケンズ(青空文庫)

名文

わかりません。私はまだその顔を見たことはないのです、左の腕を顔にあてて、右の手を振って……激しく振って……。こんなふうに……

信号手が、トンネルの入口に現れる怪しい人影の様子を語る言葉。顔を隠して手を振る姿が、ディケンズの怪談に忘れがたい不気味さを与える。

悲しいかな、私はこの寂寥たるステーションにある一個の哀れなる信号手に過ぎないのです。彼はなぜ私以上に信用もあり実力もある人のところへ行かないのでしょうか

警告を受けながら何もできない信号手の嘆き。谷底の孤独な持ち場で予兆に苦しむ男の姿を、岡本綺堂の格調ある訳文で伝える。

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