水晶の栓(ルブラン)のあらすじ・登場人物
小さな栓をめぐる大争奪
- ミステリ
- 翻訳
- 文字数
- 60,916字
- 読了目安
- 約2時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
モーリス・ルブランが1912年に新聞連載したルパン物の長編『水晶の栓』(Le Bouchon de cristal)を、雑誌「新青年」が1921年(大正10年)8月の夏季増刊に一挙掲載した無署名の訳。全訳ではなく、冒頭は原文に沿うものの後半ほど筋を大きく刈り込んだ抄訳で、編集後記で森下雨村は、以前の邦訳が日本名に置き換えていたのに対し、本物のルパンを読ませたいと掲載の意図を記している。物語は、アンジアン湖畔にある代議士ドーブレクの別荘へ、ルパンが部下とボートで盗みに入る場面から始まり、騒ぎのなかで手に入れた、何の変哲もない水晶の栓をめぐる争奪へと広がっていく。「九から八引く」などの章題を立て、ルパンが「無念無想の妙諦」に入って窮地を切り抜ける場面を講談調の語りで描くところに、大正期の探偵小説翻訳の調子がよく表れている。
あらすじ
九月末の夜、アルセーヌ・ルパンは部下のジルベールとボーシュレーに誘われ、アンジアン湖畔にある代議士ドーブレクの別荘に盗みに入る。ところが二人は何かを探して勝手に邸へ引き返し、ボーシュレーが書記レオナールを刺し殺してしまう。駆けつけた警官隊に包囲されたルパンは、自分を犯人を捕らえた通りがかりの紳士に見せかけて湖へ逃れるが、ジルベールとボーシュレーは捕らえられた。逃げる間際にジルベールがルパンに押しつけたのは、頭に金色の飾りを施したただの水晶の栓だったが、その栓は翌朝、鍵のかかった寝室から消えていた。ルパンがドーブレクの身辺を探ると、警視総監プラスビイユもひそかにドーブレク邸を家宅捜索しており、隠れて様子をうかがっていたルパンは、ドーブレクに「九から八引く一残る」と見破られ、追い出される屈辱を味わう。さらにジルベールからの手紙が、子どもしか通れない扉の羽目板の穴から盗まれる。やがてルパンは、謎の女の正体がクラリス・メルジイ夫人で、ジルベールが彼女の息子だと知る。運河会社の汚職に関わった議員二十七人の名を記した連判状をドーブレクが握り、その脅迫で夫を自殺に追い込まれた夫人は、幼い息子ジャックを羽目板の穴から忍び込ませて連判状を探していたのだった。殺人の罪を負わされたジルベールに死刑の宣告が下り、ルパンは夫人と手を結んで、処刑の日までに連判状を手に入れようとする。古城に囚われたドーブレクを救い出そうとして短剣で刺され、南仏ではドーブレクの罠に翻弄されるが、ニースの旅館で夫人に迫ったドーブレクをついに捕らえ、煙草の箱から水晶の栓を探し出す。しかし中の連判状は偽物だった。家庭教師ニコルに化けたルパンは、トランクに詰めてパリへ運ぶ車中でドーブレクから本物を奪っていた。連判状はドーブレクの義眼の中に隠されていたのである。ルパンはそれを警視総監プラスビイユに渡し、プラスビイユ自身の汚職の証拠を盾に、ジルベールの特赦と金を約束させる。
登場人物
- アルセーヌ・ルパン 怪盗紳士。手に入れた水晶の栓の謎を追い、部下を救おうと奔走する
- ジルベール ルパンが目をかける若い部下。書記殺しの罪を問われる
- ボーシュレー ルパンの部下。凶暴で腹黒い男
- ドーブレク アンジアンとパリに邸を持つ代議士。ゴリラのような風貌の策士
- プラスビイユ 警視総監。ドーブレクの身辺をひそかに探る
- クラリス・メルジイ ドーブレクを敵とつけ狙う謎の夫人
- ジャック クラリスの幼い息子
- グロニャール・ルバリュ ルパンの部下
冒頭部(原文より)
一夜襲 名にし負うアンジアン湖畔の夜半。小さい桟橋に繋いだ二隻のボートが、静かな暗にゆらりゆらりと揺れて、夕靄の立ち籠むる湖面の彼方、家々の窓にともる赤い灯影、アンジアン娯楽場の不夜城はキラキラと美しく水の面に映っている。時はちょうど九月の末、雲間を洩るる星の瞬きが二ツ三ツ。肌寒い風は水面を静に渡ってゆく。 アルセーヌ・ルパンはとある東亭の中で、煙草を燻らしていたが、やおら身を起すと桟橋の端近く水面を覗き込むようにして、 『オイ、グロニャール……ルバリュ……居るか?』 声に応じて両方の端艇の中からヌッと現れた男、 『ヘエ、居りやす』 『用意をしろ。自動車の音がする。ジルベールとボーシュレーが帰って来たぞ』
「水晶の栓」ルブラン(青空文庫)
末尾部(原文より)
『いや、天晴れ天晴れ』とルパンは、プラスビイユが出て行く後から呟いた。『プラスビイユの奴め、すっかり嚇し上げられやがって出て行ったが、いずれ特赦状と四万法とを持って来るだろう。この袋の中へ詰め込んだただの白紙が四万法だ! まあこれも、ルパン、貴様が人道のために尽した天の報償だよ。……多少思い切った酷い真似もやったさ。だが、こんな奴等は何んでも高圧的にグングン遣付けるに限る! オイ、頭を上げろ。ルパン! 貴様は虐げられた人道のために健気に奮闘した選手だ! 貴様の行動を誇れよ……さあ、今こそ椅子にふん反り返って長々と手足を延ばして、一寝入しろ。貴様は勝った。それだけの資格があるのだ!……』 彼は警視庁官房主事室で独りぐっすりと睡りに落ちた。……
「水晶の栓」ルブラン(青空文庫)
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