奇巌城(ルブラン)のあらすじ・登場人物
少年探偵と怪盗ルパン
- ミステリ
- 冒険
- 翻訳
- 文字数
- 56,081字
- 読了目安
- 約1時間52分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
フランスの作家モーリス・ルブランが1909年に刊行した怪盗アルセーヌ・ルパンの長編『空洞の針(L'Aiguille creuse)』を、菊池寛の名で興文社・文藝春秋社の「小学生全集」第45巻『少年探偵譚』(1928年)に収めた少年向けの抄訳。青空文庫の解説によれば、英訳の The Hollow Needle を底本にしたとみられ、筋に直接かかわらない場面や冗長な描写を刈り込み、登場人物を整理して、くだけた口語の文章でまとめている。物語は、ノルマンディーのジェーブル伯爵邸に真夜中の銃声が響き、撃たれたはずの賊が邸園から姿を消すところから始まる。現場に現れたのは、探偵小説を愛読する十七歳の中学生イジドール・ボートルレ。警察や新聞記者を前に事件の筋道を鮮やかに解き明かす少年と、怪盗との知恵比べに、フランス王家に伝わる謎の暗号がからんでいく。日本では「奇巌城」の題で長く親しまれてきた冒険推理小説である。
あらすじ
ある夜、ジェーブル伯爵邸に賊が押し入り、伯爵の秘書ドバルが短剣で刺されて死ぬ。伯爵の姪レイモンドは逃げる賊を銃で撃ち、確かに倒れたはずなのに、賊は邸園から忽然と姿を消した。予審判事やガニマール探偵が手をこまねくなか、現場に現れたジャンソン中学の生徒イジドール・ボートルレは、何も盗まれていないという伯爵の言葉を覆して、四枚の名画が偽物にすり替えられていたことを見抜く。さらに、ドバルが賊の仲間で、彼を刺したのは揉み合った伯爵自身だったことを明かし、撃たれた賊こそ怪盗アルセーヌ・ルパンで、まだ僧院の中に潜んでいると断言した。その後、医学博士の誘拐、レイモンドの失踪、僧院の土窟と海岸から見つかる無残な死体と、事件は二転三転し、ボートルレ自身もピストルで撃たれて重傷を負う。回復した少年は、レイモンドが傷ついたルパンをかくまって看病し、二つの死体はルパンが世間を欺くために用意した身代わりだったという真相を新聞に発表する。報復としてルパンは少年の父をさらうが、ボートルレは手がかりをたどってクリューズ県のエイギュイユ城を突き止め、城主バルメラ男爵の手引きで父とレイモンドを救い出す。ところがまもなく、バルメラ男爵とレイモンドの結婚が伝えられる。ボートルレは、ルイ十六世ゆかりの暗号「エイギュイユ・クリューズ(空の針)」の謎を追い続け、ついにエトルタの海岸にそびえる、内部が空洞になった巨大な岩の針こそ、フランス王家の財宝の隠し場所でありルパンの根城であることを突き止める。岩の中で少年を迎えたのは、バルメラ男爵になりすましていたルパンその人だった。ルパンは、レイモンドと結婚して盗賊稼業から足を洗うと告げ、財宝をフランス国家に贈ると壁に書き残して、潜航艇で海へ逃れる。しかし、ルパンが妻と乳母ヴィクトワールとともに静かに暮らそうとしていた農園に、イギリスの名探偵ショルムスが迫る。乳母を捕らえたショルムスとルパンが撃ち合ううち、ショルムスの弾がレイモンドの喉を貫いた。ルパンは亡骸を背負い、ボートルレに別れを告げて海岸の方へ去っていく。
登場人物
- イジドール・ボートルレ ジャンソン中学の生徒。十七歳の少年探偵
- アルセーヌ・ルパン 神出鬼没の怪盗
- レイモンド ジェーブル伯爵の姪。事件の夜に賊を銃で撃つ
- ジェーブル伯爵 事件の起こった邸の主
- ガニマール パリ警視庁の老探偵
- バルメラ男爵 エイギュイユ城の城主。ボートルレに協力する
- ショルムス イギリスの名探偵
冒頭部(原文より)
レイモンドはふと聞き耳をたてた。再び聞ゆる怪しい物音は、寝静った真夜中の深い闇の静けさを破ってどこからともなく聞えてきた。しかしその物音は近いのか遠いのか分らないほどかすかであって、この広い屋敷の壁の中から響くのか、または真暗な庭の木立の奥から聞えてくるのか、それさえも分らない。 彼女はそっと寝床から起き上って、半分開いてあった窓の戸を押し開いた。蒼白い月の光は、静かな芝草の上や叢の上に流れていた。その叢の蔭の方には、古い僧院の崩れた跡があって、浮彫の円柱や、壊れた門や、壊れた廻り廊下や、破れた窓などが悲惨な姿をまざまざと露わしていた。夜のかすかな風が向うの森の方から静かに吹いてきた。 と、またも怪しい物音……それは下の二階の左手にある客間から響くらしい。 レイモンドは勇気のある少女であったが、何となく恐ろしくなってきた。彼女は寝衣の上に上着をまとった。
「奇巌城」ルブラン(青空文庫)
末尾部(原文より)
ルパンは、彼女を両腕に抱き上げたが、 「死んだ!」と一声……。 ショルムスも今は自分の過った手元に困ったような顔をしている。 「うぬ!畜生!」とルパンはショルムスに飛びついて咽喉を絞め上げた。ショルムスは苦しさに身をもがくばかり。 「まあ、そんな手荒なことを。」と老婦人はうろうろする。ボートルレも驚いて走り寄る。 この時ルパンは相手から手を放し、その傍に突伏して、息も絶え絶えに声を呑んで男泣きに泣いた。 ああ、とうとう悲劇は来た。 巨人ルパンがすべてを捨てて、平和に日を送ろうという望みは破られてしまった。 まもなくルパンは起き上り、死んだレイモンドを軽々と背に負うた。 「行こう!ヴィクトワール。」 「行きましょう。」と老婆がそれに従う。 「さようなら、ボートルレ君!」 ルパンと乳母の姿は海岸の方へ寂しく消えていった。
「奇巌城」ルブラン(青空文庫)
名文
レイモンドはふと聞き耳をたてた。再び聞ゆる怪しい物音は、寝静った真夜中の深い闇の静けさを破ってどこからともなく聞えてきた。
菊池寛訳『奇巌城』の書き出し。古い僧院の跡が残る屋敷で、真夜中の怪しい物音に少女が目を覚ます。ルパンをめぐる事件の幕開け。
少年のすぐ眼の下に底の知れない蒼海の真只中から、空中につっ立っている一つの大きな大きな巌がある。高さが四十間以上もあり巨大な針のように上の方へ行き、次第にだんだん細くなっている有様は、ちょうど大怪物の牙のようである。
少年探偵ボートルレがエトルタの海岸で見上げる、針の形をした大岩。題名の「奇巌城」の姿を印象づける描写。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
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