外套と青空(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
外套と青空に刻まれた情痴
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 14,673字
- 読了目安
- 約29分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1946年『中央公論』7月号に載った、敗戦直後の坂口安吾の短編。銀座の碁席で知り合った実業家・生方庄吉と、三文文士の落合太平が親友になる。庄吉の妻キミ子は元芸者で、周りに男たちが集まる。太平は彼女に惹かれ、嫉妬と執着に引き裂かれてゆく。冬の夜に脱がれなかった外套と、多摩川の青空の下の情欲が、二つの象徴的な場面として繰り返される。
あらすじ
落合太平は、銀座の碁席で生方庄吉と知り合い、傍若無人の率直さで親しくされる。庄吉の家には元芸者の妻キミ子を囲んで音楽家の舟木、機関士の間瀬らが集い、太平はその輪に加わる。舟木や間瀬は太平に嫉妬を向ける。庄吉の出張中、青々軒の家に呼ばれた太平のところへキミ子がやってきて、外套を脱がないまま彼に身を投げる。二人は一月あまり遊び歩くが、「死にましょうよ」と迫るキミ子に太平は当惑し、やがて別れる。庄吉は手紙で太平を許し、また遊びに来いと誘う。太平が詰め寄ろうと訪ねると、庄吉は碁盤の上で太平の喉を締めるが、涙を流して「君が憎めない」と言う。太平は舟木とキミ子の心中未遂の記事を見たのち、突然訪ねてきたキミ子と多摩川で青空の下の情欲に溺れる。しかしキミ子はトランクを置き残したまま姿を消し、庄吉に事情を打ち明けた太平はまた殴られる。トランクを返しに行った太平に、庄吉はキミ子が作った肉感的な人形を見せ、太平は何も持たずに帰る。
登場人物
- 落合太平 尾羽打ち枯らした三文文士
- 生方庄吉 機械ブローカーの実業家。太平の碁の友
- キミ子 庄吉の妻。元芸者
- 舟木三郎 キミ子をめぐって太平に嫉妬する音楽家
- 間瀬 太平に食ってかかる機関士
- 青々軒 太平に好意的な講釈師
冒頭部(原文より)
二人が知り合つたのは銀座の碁席で、こんなところで碁の趣味以上の友情が始まることは稀なものだが、生方庄吉はあたり構はぬ傍若無人の率直さで落合太平に近づいてきた。庄吉は五十をすぎた立派な紳士で、高価な洋服の胸に金の鎖をのぞかせ、頭髪は手入れの届いたオールバックで、その髪の毛は半白であつたが、理智と決断力によつて調和よく刻みこまれた顔はまだ若々しく典雅で、整然たる姿に飾り気のない威厳がこもつてゐた。
「外套と青空」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
けれども太平は人形を貰はずに戻つてきた。いとまを告げるまでは矢張り貰つて帰らうかと思ひ迷つてゐたのであるが、外へでるとその迷ひは消えてゐた。低俗な魂への憎しみが高まつてゐた。暗闇を這ひずるやうな低い情痴と心の高まる何物もない女への否定が溢れ、その暗闇を逃れでた爽かさが大気にみちて感じられた。あの人形もずゐぶん奇妙な肉感に溢れてゐたが、そして、どこかしらキミ子に似てゐたが、と、太平はゆとりの籠つた追想に耽つた。だが、冬の夜更けの外套と青空の下の情熱はさすがに見当らない。あの外套とあの青空がなければ――そしてその外套もその青空もすでに戻らぬことに思ひ至ると、鋭い痛苦が全身を砕き、太平はたゞ千丈の嘆息のみを知るのであつた。
「外套と青空」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
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