柳橋物語(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
大火と洪水に翻弄された娘
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 104,328字
- 読了目安
- 約3時間29分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
山本周五郎が1946年(昭和21年)、自身の個人雑誌「椿」創刊号に前編を発表し、のち中・後編を書き継いだ長編小説(現行の完結形は1949年「新青年」に掲載された)。江戸・柳橋界隈を舞台に、幼なじみの大工二人に想いを寄せられた娘おせんの、数奇で哀切な半生を描く。上方へ旅立つ庄吉に「待っていて」と誓ったおせんが、大火と洪水、根も葉もない噂に翻弄されてゆく。市井の人情を情感ゆたかに綴った、周五郎の庶民ものを代表する名品である。
あらすじ
江戸茅町で研ぎ師の祖父・源六と暮らす娘おせんは、幼なじみで大工の庄吉と幸太の二人から想いを寄せられていた。上方へ稼ぎに出る庄吉から「三年、五年待っていてくれ」と告げられたおせんは、夢中でそれを誓う。杉田屋の養子となったもう一人の幼なじみ・幸太も、ぶっきらぼうながらおせんを慕い続けるが、彼女は庄吉一筋に想いを守り、幸太の求婚も、飛脚屋権二郎の広める心ない噂もはねのけて暮らしていた。ところが江戸を襲った大火と洪水がすべてを変える。おせんは祖父を亡くし、火の中から見も知らぬ夫婦の赤子を救い出して幸太郎と名づけ、我が子同然に育て始める。だが火事の夜、身を挺しておせんを助けた幸太は、そのまま帰らぬ人となっていた。上方から戻った庄吉は、権二郎の中傷とおせんが乳飲み子を抱える姿から、それを彼女の不義の子と信じ込み、子を捨てれば添うと迫る。おせんはどうしても幸太郎を捨てられず、庄吉は去ってゆく。やがて庄吉が別の女を娶り婿に納まったと知ったおせんは、火事以来の心の変調をふたたび起こすが、身を持ち崩したかつての友おもんの献身に支えられて立ち直る。そして柳河岸に佇み、本当に自分を愛し、命がけで自分を救って死んだのは幸太だったと悟る。おせんは幸太郎を「幸太と自分の子」として生きる決意を固め、幸太の位牌に自分の名を朱で並べて入れる。新しく架けられた柳橋の祝いの日、詫びに訪れた庄吉に、おせんは静かに、しかしきっぱりとその位牌を示すのだった。
登場人物
- おせん 研ぎ師源六の孫娘。庄吉との約束を守り抜こうとする、心やさしく芯の強い娘。本作の主人公
- 庄吉 おせんの幼なじみの大工。上方へ旅立ち、帰郷後おせんを疑ってしまう
- 幸太 おせんの幼なじみの大工。杉田屋の養子。無骨だが誰よりもおせんを想い、大火で命を落とす
- 源六 おせんの祖父。腕のいい研ぎ師。大火で亡くなる
- 幸太郎 おせんが大火の夜に救い出して育てる捨て子
- おもん おせんの旧友。零落するが、病のおせんを献身的に看病する
- 権二郎 飛脚屋の若者。心ない噂を広める
- 松造 幸太郎の実母お常の兄。古河の百姓で、無愛想ながらおせんを助ける
冒頭部(原文より)
青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい、つまには、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、歌うような気持でそんなことを考えていると、店のほうから人のはなし声が聞えて来た。
「柳橋物語」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「それが幸さんの位牌です、そばに並べて朱で入れてある名を読んで下さいな、おせんと書いてあるでしょう、――戒名だけで疑わしければ裏をごらんなさいまし、俗名幸太とあのひとのも書いてありますから」 庄吉はなにも云わずに頭を垂れ、肩をすぼめるようにして出ていった。――おせんは独りになると、位牌をじっとみつめながら、小さな低いこえで囁いた。 「これでいいわね、幸さん、お蝶おばさんにだって悪くはないわね、――これでようやく、はっきり幸さんと御夫婦になったような気持よ、あんたもそう思って呉れるわね、幸さん」
「柳橋物語」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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