競馬(織田作之助)のあらすじ・登場人物
亡き妻の一の字に賭ける男
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 12,134字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
- 福岡県
この作品について
織田作之助が敗戦後の1946年(昭和21年)4月の「改造」に発表した短編。淀の競馬場で、予想表も見ず、朝から「1」の番号の馬券ばかり買い続ける男・寺田の姿から始まる。京都の中学で歴史を教えていた律義な小心者が、なぜ馬券に取りつかれたのか――物語は、酒場のナンバーワンだった亡き妻・一代との日々へとさかのぼっていく。冒頭の、大穴に浮き足立つ群衆を描く畳みかけるような文章から、看病と嫉妬の記憶、そして小倉の競馬場の最終レースまで、長い一文を連ねる饒舌な語りで一気に運ぶ。織田作之助らしい速度と熱を持った、戦後初期の代表的な短編の一つである。
あらすじ
淀の競馬場の最終日、番狂わせが続いて人々が魔に憑かれたように馬券を買い乱すなか、寺田は朝から「1」の番号の馬ばかり買い続けていた。亡き妻の名が一代だったからである。
寺田は京都のA中の歴史教師だった小心な律義者で、高級酒場・交潤社のナンバーワン女給だった一代に一途に求婚し、結婚した。だが親に勘当され、学校も免職になり、間もなく一代は乳癌を患う。乳房を切り取ったが癌は子宮へ再発し、寺田はあらゆる療法にすがりながら、注射嫌いを押して自ら鎮痛剤を打つまでになった。そんなある日、一代あてに「淀競馬場で待っている。来い」という差出人不明の葉書が届き、寺田は一代の過去の男への嫉妬に燃える。注射器の空気を静脈に入れてやろうかと思いながら、やせ細った腕を見て思いとどまるが、一代は一週間後に死んだ。
嫉妬だけが折れた針のように胸に残っていた寺田は、美術雑誌の編集長となったのち、原稿を受け取りに行った競馬場で初めて馬券を当て、たちまちのめり込む。金を使い込み、洋服も一代の形見の着物も質に入れて迎えた最終日、1の馬は不思議なほど大穴を出し続ける。払戻窓口で何度も顔を合わせた、女のように色の白い美貌の男も「一番一点張り」だった。
小倉の競馬を追って別府の温泉宿に泊まった寺田は、その男の背中に「一」の字の刺青を見る。男は、炭坑で彫られた博打の負け札の印だと語るが、交潤社の競馬好きの女給を知っていた、教師と所帯を持ったのは莫迦だったと口にする。寺田はその夜、男が口説こうとした女中に薬を注射して眠らせ、わずかな自尊心を満たす。翌日の最終レース、全財産を賭けた1番の馬は大きく出遅れるが、男の「あの馬は追込みだ」という声どおり猛然と追い上げ、逃げ切って大穴となる。寺田は男の肩に抱きつき、嫉妬も恨みも忘れて、涙を流してしがみついていた。
登場人物
- 寺田 元中学の歴史教師。小心な律義者で、亡き妻の名にちなんで1番の馬券ばかり買う
- 一代 寺田の亡き妻。京都の高級酒場・交潤社のナンバーワン女給で、癌のため若くして死ぬ
- ジャンパーの男 女のように色白の美貌の男。背中に「一」の刺青があり、一番の馬にだけ賭ける
- 大阪の作家 寺田を競馬に引き込むきっかけをつくる独身の作家
冒頭部(原文より)
朝からどんより曇っていたが、雨にはならず、低い雲が陰気に垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。午後になると急に暗さが増して行った。しぜん人も馬も重苦しい気持に沈んでしまいそうだったが、しかしふと通り魔が過ぎ去った跡のような虚しい慌しさにせき立てられるのは、こんな日は競走が荒れて大穴が出るからだろうか。晩秋の黄昏がはや忍び寄ったような翳の中を焦躁の色を帯びた殺気がふと行き交っていた。
「競馬」織田作之助(青空文庫)
末尾部(原文より)
無我夢中に呶鳴っていた寺田は、ハマザクラがついに逃げ切ってゴールインしたのを見届けるといきなり万歳と振り向き、単だ、単だ、大穴だ、大穴だと絶叫しながら、ジャンパーの肩に抱きついて、ポロポロ涙を流していた。まるで女のように離れなかった。嫉妬も恨みも忘れてしがみついていた。(昭和二十一年四月)
「競馬」織田作之助(青空文庫)
原文を読む
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