落ち梅記(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
いけないと云うべきだった
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 30,756字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
酔って取り返しのつかないことをした友を、静かなまなざしで見つめる男——冒頭のその一場面が、物語の芯を決めている。友を庇い、想いを口に出さぬまま身を退いた金之助が、あとになって「いけないと云うべきだった」と繰り返し呟く。雨の日に落ちた梅の音が、過去の一日と現在とを結び合わせる、静かな余韻の残る短編。
あらすじ
「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない」——半三郎はこう言って頭を垂れた。不健康な生活をそのまま表明するような蒼ざめた顔、しまりなくたるんだ唇、焦点のきまらない濁った眼。金之助は静かなまなざしで友のようすを眺めた。濃い眉と引き緊った唇の、いずれかというと凌烈な印象を与える顔だちが、いま友を見るときにはなごやかに温かい色を湛えている——物語はこの対比から始まる。……金之助には、心に置いた女がいた。由利江である。だが公郷との縁が進み、由利江は「鏡を貰ってゆかないと心が残るようだ」と告げる。それがなにを表明するかは余りに明瞭であった。人を通さず自分でじかにゆくたてを話したのは、二人のあいだに感情の親しい黙契がある証拠ではないか——そう考えながらも、金之助は何も言わなかった。「いけないと云うべきだった」と彼は独りで幾たびも呟く、「おれは正直でなかった、これでもし由利江が不幸になるとすれば、それはみんなおれの軽率の責任だ」。やがて彼は公郷に会おうと決め、家にいるように伝えてほしいと由利江に頼む。物語の終わり、去ってゆく由利江の後ろ姿が見えなくなったとき、右手のほうでとつぜん、ばさっと何かの落ちる音がした。梅が落ちた——そう思って振り返った金之助は、氷雨で葉の落ちつくした樹々を見て自分の連想の誤りに気づき、そっと苦笑してこう呟く。「そうだ、……あのときも雨が降っていた」。
登場人物
- 金之助 友を庇い、想いを口に出さぬ男
- 半三郎 酔って取り返しのつかぬことをした友
- 由利江 金之助が心に置いた女
- 公郷 由利江の縁の相手
冒頭部(原文より)
一 「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」 半三郎はこう云って頭を垂れた。
「落ち梅記」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
金之助はこう思って振返った。そして、ゆうべからの氷雨でにわかに葉の落ちつくした樹々を見て、自分の連想の誤りに気づき、そっと苦笑しながらこう呟いた。 「そうだ、……あのときも雨が降っていた」
「落ち梅記」山本周五郎(青空文庫)
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