落ちてゆく世界(久坂葉子)のあらすじ・登場人物
売り食いで沈む家の秋
- 家族
- 心理
- 文字数
- 19,726字
- 読了目安
- 約39分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 兵庫県
この作品について
1950年(昭和25年)十一月作。同じ年の春に発表した「ドミノのお告げ」と冒頭をほぼ同じくしながら、そこから大きく書き延ばされた、久坂葉子の実家をうつした一編。売り食いで日々をつなぐ旧家の秋を、二十五歳の姉「雪子」の目で追う。没落を嘆くのでも告発するのでもなく、ただ滑稽なものとして眺める醒めた視線が全篇を貫いている。
あらすじ
父に五十グラムの血を売って得た五百円で、雪子は李朝の皿を買って帰る。持病の喘息に喘ぐ父、神霊教にすべてを預けた母、結核で入院したままの兄信一、大学に入りながら年上の人妻と歩く弟信二郎、内職と宝くじで暮らす叔母と従弟の春彦——由緒ある家はもう売る物の底が見えている。それでも父と母は世間体を捨てられず、雪子が働きに出ることも商いをすることも許さない。
蔵から出した硯石や掛軸、嫁入り道具にするはずだったセーブルの器を道具屋に二万五千円で引き取らせ、銀器を貴金属屋に売る。その合間に立ち寄った八卦見は、木のドミノを並べながら告げる——今月中に「動」の字が出ている、家か身の上に変動がある、あなたは担うことばかり考えて自分の力を測っていない、と。
数日後の朝、襖をあけた雪子は父の死体を見る。劇薬の瓶が空になっていた。悲しみは湧かず、彼女はただ、父と自分だけが陶器と絵で通じ合えた日々を思い返す。葬儀が済み、兄は喀血し、それでも雪子は弟や叔母とブリッジの卓を囲む。目的もなく、反省もなく、せとものと絵に美を見つけながら生きてゆくのだ。
登場人物
- 雪子 二十五歳の姉。血を売り、道具を売って家をつなぐ語り手
- 父 持病の喘息に喘ぐ。陶器と絵だけで雪子と通じ合う
- 母 神霊教に帰依し、すべてを神まかせにする
- 信一 結核で入院したままの兄
- 信二郎 大学生の弟。年上の人妻と歩き、賭事を好む
- 叔母 茶室で内職と宝くじに暮らす未亡人
冒頭部(原文より)
ある日―― 足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寐ている部屋の襖をあけました。うすぐらいスタンドのあかりを枕許によせつけて、父はそこに喘いでおります。持病の喘息が、今日のような、じめじめした日には必ずおこるのです。秋になったというのに、今年はからりと晴れた日はまだ一日もなく、なんだか、あついような、そして肌寒い毎日でありました。
「落ちてゆく世界」久坂葉子(青空文庫)
末尾部(原文より)
またある日。 私と信二郎と叔母と春彦とブリッジに夢中になっておりました。兄は病院で病気と戦いながら、母は神様にすべてをお捧げしながら、みんな生きてゆくのです。私も、目的もなく、一々の行動に反省もなく、ただ、せとものに、絵に美をみつけだし、わずかな、あこがれをいだいて生きてゆくのです。
「落ちてゆく世界」久坂葉子(青空文庫)
原文を読む
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