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トンボの死(山川方夫)のあらすじ・登場人物

ウソを生かすためのエサ

  • 恋愛
  • 心理

山川方夫 1962年(昭和37年)10月 「朝日新聞」

文字数
1,799字
読了目安
約4分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

喫茶店のウエイトレスは、夏休みのアルバイトで知り合った青年のことを「あの人はね、とっても可哀そうなの」と繰り返し語る——山川方夫が朝日新聞の夕刊に書いた掌編。継母、苦学、夜間大学。青年が鳥カゴで飼っているという二匹のトンボのために、彼女は毎日せっせとハエをとり、小さな封筒に入れて渡していた。

あらすじ

二人が知りあったのは、青年の夏休みのアルバイトからだった。彼女は同じビルの一階の喫茶店で働き、青年は四階と五階の電器会社に夏のあいだだけやとわれた給仕だった。「なんでもお母さんが継母で、お父さんは死んじゃってて、弟や妹からもバカにされるし、親戚もだれもかまっちゃくれないんですって。でも苦学して、いっしょうけんめいアルバイトしながら夜間大学に行っているの」。仲間にからかわれると彼女は真赤になって怒った。母と病気の弟と小さな妹をかかえた一家のただ一人の働き手で、彼女はまだ十九だった。……夏休みが終わっても青年は喫茶店に姿を見せ、コーヒーをおごられては、きまって小さな封筒を受け取って帰っていく。「なにを渡しているの?」と訊かれ、彼女はニコニコして答えた。「あれ? あれはね、トンボのエサ」。青年は鳥カゴで太郎とエミ子という二匹のトンボを飼っており、働いていてエサをとるひまがないから、自分がかわりにハエをとって死骸を封筒に入れて渡してあげているのだ、と。——冷房がそろそろ不要になりはじめた秋のある日、署名のない手紙を読んだ彼女は蒼白になり、手紙を引き破いて泣きはじめる。あの人はウソつきなの、ほんとはあの電器会社の社長さんの一人息子なのよ、私ははじめから知ってたのよ——。泣きつづける彼女のハンド・バッグの口がひらき、ふくらんだ封筒がころげ落ちて、そこからなにかが床にこぼれた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 二人が知りあったのは、青年の夏休みのアルバイトからだった。彼女はそのビルの一階にある喫茶店のウエイトレスをしていた。そして青年は、同じビルの四階と五階にひろいフロアをもつ電器会社に、夏休みのあいだだけやとわれた給仕だということだった。  ときどき彼女が注文をうけたコーヒーやジュースを運んで行ったり、青年のほうでも喫茶店にやってきたりして、やがて彼女の仲間のウエイトレスたちは、彼女がちょいちょい青年のことを話題にしたがるのに気づいた。

「トンボの死」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 彼のウソの生命をのばすために、それがけんめいに彼女がいつも運んでいたウソのエサなのだった。 「……あの人、やっぱり一ぺんも開けてみなかったのね」  と、低く彼女はいった。晩い秋の街に顔を向け、そしてつぶやくようにくりかえした。 「そうね。……きっと、もう、トンボも死んでしまったのね」

「トンボの死」山川方夫(青空文庫)

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