鍵(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
読まれるために書く夫婦の日記
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 98,924字
- 読了目安
- 約3時間18分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
谷崎潤一郎が1956年(昭和31年)に「中央公論」に連載した晩年の長編小説。京都の旧家に暮らす初老の大学教授と貞淑な妻・郁子が、互いに読まれることを意識しながら綴る二冊の日記を交互に置く日記体の実験作で、夫はカタカナ、妻はひらがなの文体で書き分けられる。性をめぐる夫婦の欲望と駆け引き、娘の縁談相手・木村を巻き込んだ危険な関係が日記の行間から暴かれていく。発表当時から大きな議論を呼んだ晩年の代表作である。
あらすじ
五十六歳の大学教授である夫は、新年を機に、妻に読まれることを半ば期待しながら夫婦生活の不満を日記に記し始める。四十五歳の妻・郁子もまた、夫の日記の存在を知りながら知らぬふりを装い、自分だけの日記をひそかに付け始める。夫は娘・敏子の縁談相手として出入りする木村に嫉妬を覚えつつ、その嫉妬が掻き立てる情熱に活路を見出し、ブランデーで昏倒した郁子の裸身をポラロイドで写すなど、常軌を逸した行為にのめり込んでいく。郁子と木村の関係も際どく深まり、夫は血圧の上昇も顧みず欲望を追い続けた末、脳溢血に倒れてこの世を去る。夫の死後に書き継がれた郁子の日記は、驚くべき事実を明かす。彼女の日記はすべて夫に読ませるために書かれ、夫を死へ追いやるための偽りさえ含んでいたこと、そして木村が敏子と形ばかりの結婚をして三人でこの家に住むという計画があることを、静かに記すのである。
登場人物
- 夫 五十六歳の大学教授。妻への欲望と嫉妬をカタカナ書きの日記に綴る
- 郁子 夫の妻。京都の旧家育ちの貞淑な女性だが、日記には別の顔がある
- 木村 敏子の縁談相手の青年。夫婦の危険な駆け引きに深く入り込む
- 敏子 夫婦の一人娘。両親と木村の関係を冷ややかに見つめる
冒頭部(原文より)
一月一日。………僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ躊躇シテイタヨウナ事柄ヲモアエテ書キ留メルコトニシタ。僕ハ自分ノ性生活ニ関スルコト、自分ト妻トノ関係ニツイテハ、アマリ詳細ナコトハ書カナイヨウニシテ来タ。ソレハ妻ガコノ日記帳ヲ秘カニ読ンデ腹ヲ立テハシナイカトイウコトヲ恐レテイタカラデアッタガ、今年カラハソレヲ恐レヌコトニシタ。妻ハコノ日記帳ガ書斎ノドコノ抽出ニハイッテイルカヲ知ッテイルニ違イナイ。
「鍵」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
敏子のことや木村のことも、今のところ疑問の点がたくさんある。私が木村と会合の場所に使った大阪の宿は、「ドコカナイデショウカト木村サンガ云ウカラ」敏子が「オ友達ノ或ルアプレノ人」に聞いて教えてやったのだというけれども、ほんとうにそれだけが真実であろうか。敏子もあの宿を誰かと使ったことがあり、今も使っているのではないであろうか。 木村の計画では、今後適当な時期を見て彼が敏子と結婚した形式を取って、私と三人でこの家に住む、敏子は世間体を繕うために、甘んじて母のために犠牲になる、と、いうことになっているのであるが。………
「鍵」谷崎潤一郎(青空文庫)
名文
一月一日。………僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ躊躇シテイタヨウナ事柄ヲモアエテ書キ留メルコトニシタ。
『鍵』の冒頭。夫の日記は、妻に読まれることを承知の上で、性生活のことまで書き留めると宣言する。夫婦が互いの日記を盗み読む、日記体の小説。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。