おさん(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
隔てられた男と女の道行き
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 33,143字
- 読了目安
- 約1時間6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 神奈川県
この作品について
山本周五郎が1961年(昭和36年)、「オール讀物」に発表した短編。生れついての官能ゆえに、情交のさなか我を失って人の名を呼んでしまう女おさん。それを嫉妬と受け取った夫の指物師・参太は上方へ去り、独り残されたおさんの境涯は思わぬ方へ流れてゆく。江戸へ戻る東海道の道中に、参太に想いを寄せる女や街道暮らしの少年をからませ、回想と現在を交互に描く。人の性のかなしさを、道ばたの昼顔の花に託して静かに掬いあげた一篇である。
あらすじ
江戸で名の知られた指物師・参太は、親方の家の祝いの晩に酔いつぶれ、出来ごころから帳場勤めの女おさんと結ばれる。すでに縁談の決まっていたおさんを口説き落として所帯を持った参太だが、おさんには生れついての類まれな官能があり、情交のさなかにはまったく我を失って、意味もなく人の名を口走った。参太はそれを他に男がいる証と思い込み、責め立てるようになる。上方に仕事があると偽って参太が江戸を離れると、独りになったおさんはたちまち崩れ、男から男へと渡り歩いてゆく。二年余りののち、おさんを哀れに思う気持ちにひかれて参太は江戸へ帰る。その道中、参太に一目惚れした女おふさや、街道暮らしの少年伊三と道づれになりながら、彼はおさんの行方をたどる。かつての男・作次を訪ねると、作次もまたおさんの官能に狂わされて身を持ち崩していた。ようやく突き止めたおさんの居所で参太が知らされたのは、彼女が最後の男に嫉妬から惨殺され、無縁墓に葬られていたという事実だった。彼女を弔うその墓には、生前おさんが誰にも顧みられぬ花だと言って可憐がった昼顔が、ひっそりと咲いていた。参太は逃げ続けた自分を悔い、生きているかぎり終りということはない、と独りごちるのだった。
登場人物
- 参太 江戸で名の知られた指物師(床の間大工)。おさんの官能を嫉妬と誤解し、逃げ続ける本作の主人公
- おさん 参太の妻。生れついての類まれな官能ゆえに、我を失い身をほろぼしてゆく女
- おふさ 東海道の旅籠で参太と道づれになり、彼に想いを寄せる女
- 伊三(伊三郎) 親も家もなく街道で暮らす少年。参太を助ける
- 作次 おさんとかつて暮らした板前。おさんに狂わされ身を持ち崩す
冒頭部(原文より)
これ本当のことなの、本当にこうなっていいの、とおさんが云った。それは二人が初めてそうなったときのことだ。そして、これが本当ならあした死んでも本望だわ、とも云った。言葉にすればありきたりで、いまさらという感じのものだろうが、そのときおさんは全身で哀れなほどふるえてい、歯と歯の触れあう音がしていた。
「おさん」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「おれ、やっぱり仙台へいってみるよ」伊三はうしろさがりに遠のきながら云った、「そのほうがまだ性に合ってるらしいからね、あばよ、おじちゃん」 参太は黙って見ていた。伊三はもういちどあばよと云い、くるっと向き直って、千住のほうへ駆けだした。彼の足もとから、白っぽい土埃が舞い立ち、小さなその躰はみるみるうちに遠ざかっていった。 「おふさが待っているか」と参太は口の中で呟いた、「――にんげん生きているうちは、終りということはないんだな」
「おさん」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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