新年の挨拶(山川方夫)のあらすじ・登場人物
年に一度きりの三十分
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 2,866字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
元旦の昼近く、夫が受話器を置く音を聞いて、彼女は腕時計を見る。「ちょうど三十分間ね、今年も」——山川方夫が「新刊ニュース」に書いた掌編。夫が七年間かけられつづけている、たった一度だけ見合いをした女からの新年の電話。迷惑だといいながら三十分つきあう夫を、妻はもう責めない。
あらすじ
「恒例の、新年のご挨拶ね?」「うん。……あいつさ」。子供が学校に上るという話をひとしきりされて、夫は「毎年、判で押したように元旦の朝、この電話だ」「迷惑だよ」と顔をしかめる。だが彼女は、去年も一昨年もその前の年も、まったく同じ会話を交わしたことを思い出していた。年に一度、きまって元日の昼近くに夫へ電話をかけてくるその女が誰かは、とうに知っている。夫が大学を出たてのころ、ただ一回だけ見合いをさせられた相手だ。銀座で擦れちがいざま大仰な声で挨拶した、頬に大きな黒子のある女。……結婚して四年、電話は欠かさず七年つづいている。はじめのころ彼女は怒ったり泣いたりし、待ちかまえて受話器をとり「やめて下さい。お願いです。うちじゃ迷惑してるんです!」と叫んだこともあった。だがすぐにベルは鳴り、女は電話線の彼方で笑っていた。「ごめんなさい? 奥さまを怒らしちゃって」。その電話も、きっかり三十分つづいた。夫はいう。「あいつはきっとまだ独身だ。相手がほしいんだよ。結婚さえすりゃ、きっと俺もお役ごめんになる」。——だが彼女は知っていた。前の年のクラス会の帰り、あの女が夫らしい男と娘の手を引いて街を歩いているのを見たのだ。「もう私たちの結婚生活も、七年目ね」という声も聞いた。「あなたのパパって、バカね」。三つになる子供の相手をしてやりながら、彼女はそっと口の中でいう。誰だって、愛人や夫や子供がいたところで、孤独は孤独なのよ、と。
登場人物
- 彼女 結婚して四年になる妻
- 夫 律義すぎるほど正直な男
- 女 夫が一度だけ見合いをした相手
冒頭部(原文より)
夫が受話器を置いたとき、彼女は腕時計を見た。 「ちょうど三十分間ね、今年も」 元旦の昼ちかい光が、ガラス戸ごしに部屋に流れている。夫は、しばらくは口をきかなかった。 「恒例の、新年のご挨拶ね?」 「うん。……あいつさ」
「新年の挨拶」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
元旦の昼の光が、いまは透明に部屋を充たしている。彼女は受話器をとり、高校のころ、映画館の中ではじめて彼女の手を握った同級の男の家のダイアルをまわしはじめた。無難な、いわば現在の自分には無関係な、心の中に住む遠い相手への、年に一度だけの勝手な年賀状のようなおしゃべり……。それは、三年ほど前の元日にこころみ、いまは病みつきになってしまった毎年の習慣、やはり三十分間の、もはや欠くことのできぬ彼女の新年の行事だった。
「新年の挨拶」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
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