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昼の花火(山川方夫)のあらすじ・登場人物

昼の空に打ち揚がる恋

  • 恋愛
  • 青春

山川方夫 1953年(昭和28年)3月 「三田文学」

文字数
7,031字
読了目安
約14分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

神宮球場の観客席で、十九歳の学生は四つ年上の女から「私、この秋に結婚するの」と告げられる——山川方夫が二十二歳のとき「三田文学」に発表した最初期の作。手ひとつ握らぬまま過ぎた一年を、彼は前年の夏に見た両国の川開きの花火に重ねる。青春の愛とは、真昼の空に打ち揚げられて音もなく消えてゆく花火のようなものではないのか。淡い抒情のなかに、のちの山川文学の主題がすでに透けて見える。

あらすじ

初夏のよく晴れた午後、彼は四つ年上の女をつれて六大学野球を見に来ていた。彼は十九歳の学生、女は野球を知らず、まだ練習のシート・ノックにまで熱心な拍手を送る。彼女は彼に逢うとき、いつも若く粧っていた。白い手巾を前髪にのせて青空を仰いだその頤から喉へつづく線を、彼は不意に美しいと感じる。——去年の夏、二人ははじめて二人きりで両国の川開きに出かけた。浅草橋の古いビルの屋上で、乱菊が上がるたび女は「花火って無意味ね」と笑い、丁字菊、銀爛、花苑と、まるで姉のように花火の名を教えた。彼はただ、そのやさしい喉の線に結びつけられている棒立ちの気持ちだけを反芻していた。手ひとつ握らず唇ひとつ重ねぬまま、二人の距離は一年間まったく変わらなかった。……試合開始のサイレンを待つあいだ、女はふいに「待つのって、くたびれるわ」といい、「私、この秋に結婚するの。……試合がすんでから、いうつもりだったけれど」と告げた。「……でも、それがどうしたっての?」と彼は笑う。だが期限を示されたとたん、彼は女といることの幸福を、かつてなく深く、たしかなものとして感じはじめている自分に気づく。「おめでとう」と低く彼はいった。「今度、いつ帰省なさるの」「夏休みになったら、すぐ」「そう。……じゃ、川開きには、もう行けないわね」——グラウンドでは若いナインが白球の線で結びあい、その健やかさが彼には眩しかった。「あなた、何故もっと私に甘えてみなかったの」と女が囁く。彼は思う。この一年、自分が彼女に見ていたもの、いまさき信じた一つの愛、それこそが一つの花火ではないのか。しかも自分の花火の花床は漆黒の夜ではなく、光をたたえた真昼の青空なのだ、と。

登場人物

冒頭部(原文より)

 野球場の暗い階段を上りきると、別世界のような明るい大きなグラウンドが、目の前にひらけた。  氾濫する白いシャツの群が、目に痛い。すでに観客は、内野スタンドの八分を埋めてしまっている。  グラウンドには、真新らしいユニホームの大学の選手たちが、快音を谺するシート・ノックの白球を追って、きびきびと走り廻っている。日焼けした顔に、真上からの初夏の光が当って、青年たちは、野獣のように健康な感じだ。捕球する革具の、鈍い響き。固く鋭いバットの音。掛声。それが若々しい声援や拍手に入り乱れて、通路を歩きながら、彼も軽い昂奮に引き入れられた。

「昼の花火」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 女は拍手を止めなかった。それは、いやに間のびした拍手だった。  女にならって、はるかな森の青葉に、彼も拍手をはじめていた。  遠く、森のやわらかく膨らんだ葉末が、波を打つように動いている。風が渡るようだ。緑の枝を繋げていた外苑の木立の、ざわめいて嫩葉がきらきらと氾れるように一面に光るさまを、彼は目に浮かべた。若い夏の、みずみずしい新緑の光だけを、彼はみつめていた。  競いあうように、二人はいつまでもゆっくりと拍手をつづけていた。女が止めるまでつづけるのだ、そう彼は思っていた。

「昼の花火」山川方夫(青空文庫)

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