訣れも愉し(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
見送りの駅で出た本音
- 青春
- 恋愛
- 文字数
- 4,606字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
恋に破れて自分を見失った友人の太郎さん、女優の恋人お花さん、その母の老婦人の三人を、すこし離れたところから見つめる「私」の回想を描いた、坂口安吾の初期の掌編。「私」は退屈という口実で人の感情と距離を置いているが、東京駅でのお花親子の見送りの場面で、思いがけず本音が噴き出す。短い物語のなかに、傍観者でありつづけられない人間の弱さが静かに映し出される。
あらすじ
「私」は友人の太郎さんと、その恋人で女優のお花さんの恋愛を、倦み疲れた気分のままで眺めていた。お花さんは理知的に太郎さんを見張るだけで、情熱が追いつかず苛々し、太郎さんは暴風の中で自分を失っていた。お花さんの母は、娘の気持ちが分からず、早朝に私の宿へ来ては、涙の跡を隠して愚痴をこぼした。「私」は実のない話に付き合い、芝居見物にも連れ立った。太郎さんはひどい神経衰弱になり、お花さんが恋愛はもう終わったと告げ、母子は大阪の親戚を頼って越していくことになる。引っ越しの日、太郎さんは荒い物音を立てて手伝い、老婦人は強がったり泣いたりしていた。訣別の日、二人を東京駅に見送りに来た「私」は、プラットフォームへの階段の下で突然、ああ、こういうことは実に退屈だ、僕は失礼しますと言い放ち、さっさと歩き出してしまう。慌てて追ってきた太郎さんと並んで改札を出ると、太郎さんは切ない表情で「私」を見た。その善良な表情を「私」は一生忘れられないと語る。
登場人物
- 私 語り手。太郎さんの友人
- 太郎さん 恋に自分を失った青年
- お花さん 理知的な恋に苦しむ女優
- お花さんの母 子を案じる老婦人
冒頭部(原文より)
私はあの頃の自分の心が良く分らない。色々のことを考へてゐた一聯の憂鬱な月日が遥かに思ひ出されるのであるが、どんなことを考へてゐたのやら、どんな気持でゐたのやら、それが失はれた夢の記憶を辿るやうでたよりないのだ。余り考へすぎたために其の考へが段々私自身から遠距かり、結局私はまるで私とは無関係な考へをあの頃思ひつめてゐたのだらう。
「訣れも愉し」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
その後、私は色々の場合に、色々な善良な人々の極めて善良なそして美くしい表情を限りなく見てきた。それは私に愉しい生き甲斐を感じさせるのであつた。けれども私はいつも私に斯う言ひきかせた。 ――いや/\、この表情も美しいが、あの時の太郎さんの表情ほど善良そのものではないやうだて……
「訣れも愉し」坂口安吾(青空文庫)
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