不器用な天使(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
カフェの娘をめぐる恋と友情
- 恋愛
- 青春
- 文字数
- 13,988字
- 読了目安
- 約28分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
堀辰雄が1929年(昭和4年)2月号の「文藝春秋」に発表した短編で、翌1930年刊行の最初の作品集『不器用な天使』の表題作となった。舞台は東京のカフェ「シャノアル」。孤独のなかに生きてきた二十歳の「僕」は、毎晩そこで三人の友人と落ち合ううち、友人の槇が夢中になっている若いウエイトレスに惹かれていく。ジャズとウイスキーと煙草の煙のなかで揺れ動く恋と嫉妬と友情を、現在形を多く用いた短い文と、手術や潜水夫、果実のような大胆な比喩で描き出す。心理の動きを感覚的な映像で捉えようとする、モダニズムの影響の色濃い初期の作品である。
あらすじ
二十歳の「僕」は、孤独に耐えかねた春から夏、友人たちに誘われてカフェ・シャノアルに通うようになる。そこで友人の槇が「ものにしよう」と夢中になっている若いウエイトレスに会い、槇の激しい欲望に刺激されて、自分の中にも初めての欲望が目覚める。槇が今夜あの娘に手紙を渡すと聞かされた夜、僕の心は走る自転車が倒れるように倒れ、部屋に閉じこもってしまう。娘が実は自分を愛していると知らせに誰かが来る――そんな奇蹟をひそかに待っていたことを夢に教えられ、カフェへ戻った僕は、槇がついに娘を捕まえ、今朝が最初の逢い引きだったと聞かされる。真夏のあいだ、僕は思い出から逃れようとあてどなく街を歩き回った。やがて友人の一人から、娘は槇の誘いを拒んで急に冷たくなり、槇は神戸へ去って欲望を紛らせてきたのだと聞く。娘への愛がよみがえった僕は、ひとりでシャノアルを訪ね、彼女の微笑に迎えられる。毎晩通ううち、彼女に愛されていると信じた僕は、思い切って翌朝の公園に呼び出した。ベンチで向き合った彼女は、槇さんたちは私のことを怒っているのかと尋ね、軽い咳をする。翌日は映画を見に行き、彼女がヤニングスの肩をほめるのを聞いて、僕はそこに槇の肩を重ねてしまう。彼女に会う金のため腕時計を売りに友人のアパートを訪ねると、そこに槇がいた。僕は彼らに愛されたくて時計を差し出し、四人で場末の酒場ジジ・バアへ繰り出す。シャノアルの娘にどこか似ていて、実は少しも似ていない女給を前に、僕は槇の苦しみを自分のものとして感じ取る。帰りのタクシーで槇の膝に乗せられた僕は、二人の女の顔が頭の中で重なり、煙のように消えていくのを感じながら、ひどい疲れを覚えた。
登場人物
- 僕 孤独に生きてきた二十歳の青年。カフェの娘に恋をする
- 彼女 カフェ・シャノアルのウエイトレス。熟した果実のような美しさを持つ娘
- 槇 僕の友人。大きな肩をした青年で、カフェの娘に夢中になる
- 友人たち 僕や槇と毎晩シャノアルで落ち合う青年たち
- 母 部屋に閉じこもる僕を気づかう
冒頭部(原文より)
カフエ・シヤノアルは客で一ぱいだ。硝子戸を押して中へ入つても僕は友人たちをすぐ見つけることが出來ない。僕はすこし立止つてゐる。ジヤズが僕の感覺の上に生まの肉を投げつける。その時、僕の眼に笑つてゐる女の顏がうつる。僕はそれを見にくさうに見つめる。するとその女は白い手をあげる。その手の下に、僕はやつと僕の友人たちを發見する。僕はその方に近よつて行く。そしてその女とすれちがふ時、彼女と僕の二つの視線はぶつかり合はずに交錯する。
「不器用な天使」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕は彼の胸を肱で突いた。その時、僕は頭の中にジジ・バアの女の顏をはつきりと浮べた。すると一しよにシヤノアルの女の顏も浮んできた。そしてその二つの顏が、僕の頭の中で、重なり合ひ、こんがらかり、そして煙草の煙りのやうに擴がりながら消えて行つた。僕は僕が非常に疲れてゐるのを感じた。僕は何の氣なしに指で鼻糞をほじくり出した。僕はその指がまだ白粉でよごれてゐるのに氣づいた。
「不器用な天使」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
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