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受験生の手記(久米正雄)のあらすじ・登場人物

二度目の受験に挑む青年の手記

  • 青春
  • 恋愛

久米正雄 1918年(大正7年)

文字数
44,326字
読了目安
約1時間29分
表記
旧字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 福島県
  • 東京都

この作品について

一高受験に二度目の挑戦をする青年の手記という形をとった、久米正雄の代表作。大正7年(1918年)刊の短編集『学生時代』に収められ、当時の受験生に広く読まれた。追いついてきた弟への嫉妬、下宿仲間たちの怠惰と自嘲——受験という制度に押しつぶされてゆく心の動きが、恋の破れと重なって克明に記される。百年前の物語でありながら、その息苦しさは古びない。

あらすじ

午前三時、若松停車場。二度目の上京に発つ「私」(久野健吉)は、見送る弟に別れを告げる。去年の一高受験の不面目な失敗——英語の単語ひとつを知らなかったばかりに、同じ成績だった友人は入り、自分は落ちた。今年入らなければ生きては帰れない。しかも中学を卒業する弟が、この四月には上京してくる。曉の猪苗代湖を眺めながら、彼は新しく開ける運命の曉を思って独りでに涙を流す。だが東京での日々は思うように進まない。まだ試験まで六月あると思えば横着な気が生じ、予備校はいい暇潰し場所になり、受験生仲間を訪ねては互いの不勉強を知って密かに安心する。心を占めるのは、義兄の家へ日曜ごとに遊びに来る従妹の澄子だった。一高の記念祭に案内された日、混み合う寮の廊下で彼女の手を握り、握り返されたと感じた記憶が唯一の光明になる。四月、上京した弟は毎日十二時間の日課を立て、彼が三四時間かけて解いた幾何の難問を五分で解いてみせる。同じ室にいるのが厭で堪らなくなり、「私」は水道端の寺へ移る。家庭博覧会に澄子を誘った日、暗い余興館で思い切って彼女の手を握ると、彼女は咎めるように振り向いて手を引いた。帰りに彼女が弟への土産の筆入れを選ぶのを、平気を装って見ていなければならなかった。七月、四日間の試験。数学は最後の一題を式だけ書いて出し、歴史では答案の余白を隣席から盗み見ようという決死的な考えすら起こした。そのとき「ひゝゝゝ」と笑って退場させられた青年に、「私」は心から同情する——その声こそこの受験制度を底から呪った笑いではなかったか。試験が終わると気持は軽くなり、姉の前でとうとう澄子との結婚の望みを打ち明ける。姉は「せめて入学試験の結果が解つて、高等学校へちやんと入つてからになさい」と答えた。発表の日。掲示に一二九の番号はなかった。三部の甲にも乙にも、一部にも二部にもなかった。そして弟の番号は、紛れもなくそこに在った。数日後、千駄木の家で弟の机の抽斗を盗人のようにそっと開けた彼は、澄子から弟へ宛てた手紙を見つける。「私は何よりも嬉しくて堪りません……貴方の、澄子より 愛する健次様御許に」。凡ては失はれた。その夜、遊蕩児の友人に連れられて生まれて初めての一夜を過ごし、翌朝、上野公園のベンチで自分を見出した彼は、汽車に乗って故郷へ向かう。山潟で下り、月の照る猪苗代湖の土堤に腰を下ろすと、右手に黒い、真直ぐな、誘うような突堤が長く伸び出ていた。——手記はここで終わり、末尾に弟の手からこれを託されたという作者附記が置かれる。

登場人物

冒頭部(原文より)

一  汽笛ががらんとした構内に響き渡つた。私を乘せた列車は、まだ暗に包まれてゐる、午前三時の若松停車場を離れた。 「ぢや左樣なら。おまへも今年卒業なんだから、しつかり勉強しろよ。俺も今年こそはしつかりやるから。」  私は見送りに來てゐた窓外の弟に、感動に滿ちて云つた。

「受験生の手記」久米正雄(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私は土堤に腰を下して、ぢつと水面に眺め入つた。ふと氣がついてみると、右手にはもとの船着場らしく、突堤が湖中へ長く伸び出てゐた。黒い、眞直ぐな、誘ふやうなその姿が、今度は私の眼に離れなかつた。  私はこれから起ち上つて、その突堤を歩いて行くのだ。眞直ぐに、どこまでも、どこまでも……。

「受験生の手記」久米正雄(青空文庫)

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