聖家族(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
死が開いた一つの季節
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 15,927字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
堀辰雄が1930年(昭和5年)、「改造」に発表した短編小説。堀の文壇的な出世作にして初期の代表作である。「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」という一句で始まり、敬愛する作家・九鬼の死を機に、若い河野扁理が、九鬼と親しかった細木夫人とその娘・絹子の母娘と関わり、死の影のもとで揺れ動く三人の心の機微を描く。師・芥川龍之介の自殺に衝撃を受けた堀が、ラディゲやコクトーら西欧の心理小説に学びつつ、硬質で知的な文体に結晶させた作品で、九鬼には芥川の面影が投じられている。
あらすじ
「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」――敬愛する作家・九鬼の突然の死。三月のある日、その葬儀に集まる自動車の列を機に、若い河野扁理は、九鬼と親しかった細木夫人と、その娘・絹子の母娘と深く関わるようになる。師とも仰いだ九鬼を失った喪失感を胸に抱えた扁理は、いつしか聡明な夫人と、そして若く純な絹子との間で、微妙に揺れ動く感情のなかに置かれていく。死に強く魅入られ、そのために生をなかなか実感できずにいる不幸な青年・扁理。彼の内に九鬼の死が緯(よこいと)のように織り込まれていることを鋭く見抜く細木夫人。そして母と扁理とを見つめる娘・絹子――三人の心は、口には出されない思いをやりとりしながら、繊細な緊張のうちに絡み合っていく。やがて夫人は、扁理の抱える不幸を絹子に理解させ、母を見あげる娘の眼差しは、古画のなかで聖母を見あげる幼児のそれに似てゆく。師・芥川龍之介の自殺に衝撃を受けた堀辰雄が、ラディゲやコクトーら西欧の心理小説に学びつつ、死の影のもとでの若者たちの心の機微を硬質で知的な文体に結晶させた、堀の出世作にして初期の代表作である。
登場人物
- 河野扁理 死に強く魅入られ、生を実感しにくい不幸な青年。九鬼の死を機に細木家と関わるようになる
- 細木夫人 九鬼と親しかった聡明な未亡人。扁理の内なる死の影を鋭く見抜く
- 絹子 細木夫人の娘。母と扁理との間で心を揺らす若い娘
- 九鬼 物語の冒頭で急死する、扁理が敬愛した作家。芥川龍之介がモデルとされる
冒頭部(原文より)
死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。 死人の家への道には、自動車の混雑が次第に増加して行った。そしてそれは、その道幅が狭いために、各々の車は動いている間よりも、停止している間の方が長いくらいにまでなっていた。 それは三月だった。空気はまだ冷たかったが、もうそんなに呼吸しにくくはなかった。
「聖家族」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
「そうかしら……」 絹子はそう答えながら、始めはまだ何処かしら苦痛をおびた表情で、彼女の母の顔を見あげていたけれども、そのうちにじっとその母の古びた神々しい顔に見入りだしたその少女の眼ざしは、だんだんと古画のなかで聖母を見あげている幼児のそれに似てゆくように思われた。
「聖家族」堀辰雄(青空文庫)
名文
死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。
堀辰雄『聖家族』の書き出し。師である作家の死が残された人々に新たな季節をもたらす、という作品全体の主題を一文で予告する。
絹子はそう答えながら、始めはまだ何処かしら苦痛をおびた表情で、彼女の母の顔を見あげていたけれども、そのうちにじっとその母の古びた神々しい顔に見入りだしたその少女の眼ざしは、だんだんと古画のなかで聖母を見あげている幼児のそれに似てゆくように思われた。
母の細木夫人を見上げる娘・絹子のまなざしを、古画の聖母子に重ねた結びの一文。題名「聖家族」の意味がここで静かに響く。
原文を読む
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